Electronics

2013.08.23

Sugruはどこから来るのか:Jane ni Dhulchaointighインタビュー

Text by kanai

Jane ni Dhulchaointigh

ハックやモッドやあらゆる修理に使える自己硬化ゴム、Sugruは多くのMakerの工具箱に入っているだろう。その発明者、Jane ni Dhulchaointighの名前はイギリスのみならず世界のMakerの間で知られている。彼女が語る10年間の開発話は、苦闘と忍耐の感動の物語だ。だから、ハックニーにある工場に招待されたとき、私は飛びついた。どうやって作っているのか、どこからやって来るのか、もっといろいろなことを知りたいと思った。

Janeは、修理可能な物に囲まれて育った。アイルランドの農家では、うまく動かないものがあれば、動くようになるまで改良するのが普通だった。

「まさに」と彼女は話をつなげた。「古い農場だったから。私の一族はそこに350年も暮らしてきました。時代とともに大きく変化しました。たとえば私たちの家は、2部屋の家から始まりました。ひとつは家畜用、ひとつは人用です。まるでアイルランドの伝統的な農家の変遷の歴史を見るようです。横に少し広がり、やがて家畜は外に追い出され、さらに横に増築されました。そして、恐らくそのころ中庭ができました。それから、階段の作り方がわかるようになり、上に増築されるようになりました」と言いながら彼女は手振りで2階を示した。「うちは、15回近く増築されています。まったく継ぎ接ぎだらけの家です」

「農場では、そのとき必要なものは、その場で作ります。たとえば、毎年、羊の出産があります。羊の囲いはパレット(木製の荷役台)で作ってあります。パレットは捨てずに必ず取っておきます。タイヤも捨てません。こうしたモジュールを貯えておいて、翌年に必要になるものを作るのです」

彼女は、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザインを学ぶためにロンドンに移ってきてからも、その場で作る精神は持ち続けた。そして、後にSugruと呼ばれるようになるものの最初のプロトタイプの実験を、シリコンコーキング剤と木くずでスタートさせた。

2013年に話を進めよう。Sugruは40人のチームに成長した。そのほとんどが、ハックニーにある目立たない準工業施設で活動している。アイルランドの農家とはずいぶん違うように見えるかもしれないが、いろいろな意味で、この建物は、身の回りのものを改良してくれる製品にぴったりの家となっている。それは、玄関のブザーを押したときからわかる。

Sugru sticks to everything!
Sugruは何にでもくっつく!

建物は広いレンガ造りで、Makerやアーティストや技術系新興企業がひしめく区域に建っている。その歴史についてJaneに聞いてみた。

「ここはビクトリア時代のボタン工場でした。私たちが入る前は画家のアトリエでした。長い間に、たくさんの人がここで過ごしたのだと思います」と彼女は答えた。彼女はMITの有名なBuilding 20を引き合いに出した。Stewart Brandの本やテレビシリーズ『How Buildings Learn』で紹介された、安普請で不格好で永遠にリコンフィギュラブルな建物だ。「構内で唯一、ノコギリで切れる建物」とBrandは表現している。

この古いボタン工場の建物の壁に穴が開けられた形跡は発見できなかったが、ここが、人々にハックや即席の工作や改良やカスタマイズを奨励する製品を開発する場所として、ぴったりの環境であることは間違いない。

「私がSugruを発明した理由はそこにあります」とJane。「都会での日々の生活にその精神を与えたかったんです。私たちは、どの製品も、完成されたものとは見ていません。すべてが未完成だとしたらどうなるか? 工場で製品を作っている人たちも、出荷した製品が未完成だと思うようになったらどうなるでしょう?」


私が会ったなかで、製品を未完成と見る考えを持つ人は、Janeが最初ではない。Makielabの創設者、Alice Taylorがそうだ。パーソナライズできる3Dプリントで作ったアクションフィギュアの製作者だが、彼女は私に、そのフィギュアの未完成な性質がクリエイティブな遊びや物語を生み出すことについて話してくれた。Makieドールと同様に、それがSugruの成功の核心だ。

会社としてのSugruは、ファンや顧客の支持を集める上での教育的な例と考えることができる。もっとたくさんの人に自分のプロジェクトを見てもらいたい、または、いっしょにやってくれる人たちのコミュニティを作りたい、キットを販売したい、商業製品を開発したいと思っているすべてのMakerは、Sugruがビジネスを大きくするのに用いた手法を真似して損はない。

Sugruのスーパーユーザーたち、つまりこの製品のファンたちは、Sugruを使って行ったハックや発明や改良を教えてくれる。その見返りとして、より大きなコミュニティにそれを公開してもらえる。
Hard at work in the Sugru office
Sugruオフィスでの激務。

「私たちは、完全に口コミで成長してきました」とJane。「みんなが写真を送ってくれます。それを私たちがシェアします。その利用方法を分類して、物語形式にして公開します。それがウェブサイトでは受けています。読みやすいし、理解しやすいのです」

「そして、それに興味を示しそうなコミュニティにシェアします。今は大きなネットワークができています。何年もかけて作り上げたものです。Instructablesや、読者をよりクリエイティブな生活へ導くことが大好きなブログと同じように、常に人々にインスピレーションを与えています。素晴らしいアイデアに関しては、もっと洗練された形にして公開します。ビデオやチュートリアルです」

Sugruのビデオ編集者、Timは、私たちがそんな話をしている間、あるカヌーイストがレースの訓練をしているビデオの編集をしていた。

「去年の夏、ユーザーのひとり、Joanne(彼女は左手の指がありません)は、ウルトラマラソンに参加したいと思っていました。そのため、彼女はカヌーのパドルを改造したのです。今年、彼女はまたレースに出場したいということで、私たちにスポンサーになって欲しいと言ってきました。それで彼女は、軽いパドルを買うことができました」

Joanne

「これは、本当にいい話です。Sugruを使うことで、Joanneは目標を達成できたのです。Sugruがなければ叶わなかったでしょう。彼女は、人生でいちばん素晴らしい出来事のひとつだったと言っています。私たちにとっては、それは実にうれしいことです。私たちのコミュニティの他のみんなも、刺激を受けたことと思います」

SugruチームはJoanneの話を広めようと一生懸命になっていたが、自社を宣伝する内容の話もある。3Dプリントのエンジニアグループが、特別なエクストルーダーを使ってSugruでプリントするデモビデオを作ったところ、これが3DプリントとSugruの両方のファンの間で大変に話題になった。

地元で作る

ブロガーと編集者がファンとの交流をしている間、すぐ近くのガラスの壁の向こう側では、Sugruの素材担当の科学者たちが、Sugruの原料であり、革新的な素材技術、Formerolの新しいフォーミュラの開発に没頭していた。

「4人のスタッフがフルタイムで、素材の最適化と、保存期間の改善、オモチャとして販売できるよう子供にも安全な配合など、将来へむけての開発にあたっています。将来的には、地元の学校であり、素材科学研究で国内最先端のクイーンメリー大学の博士をスポンサーとして援助したいと考えています。子供向け製品の開発も目指していますが、医療用も視野に入れています」

オフィスの反対側には、製造とパッケージ部門がある。製品のパッケージングまでのすべてを、この建物の中で行っている。

Janeはこう話してくれた。「世界に出荷するすべてのSugruをここで作っています。よそに小さな工場を作るのが経営上合理的になるまでは、これを続けます。その小さな工場のコピーを増やしていくのです」

中国で作らせないのはなぜ?

「今のところ経営上の合理性がないからです」とJane。「それに私たちにとって、自社で製造することに大きな意味があります。「折あるごとに、アウトソーシングを助言されました。私たちも何度か試しましたが、開発と製造を自社内でやることが、私たちの社是に完全に一致することがわかったのです。物を作ることに関して、みんながもっとよく知るように促したい。社会の中で作ることの価値を支えたいのです。この私たちの地域で、私たちは製造業であること、そして、この地域のエコシステムは一日中コンピューターに向かっている人だけで成り立っているのではないと実証できることを誇りに思っています。実際、ここにいるのは何かを作る人たちです。そして、それを心から楽しんでいます。彼らはこう言ってくれます。『へえ、これハックニーで作ってるの? すごい!』ってね」

「中国で作ることの意味は、少なくとも私たちにとっては、安く作れるという幻想しかありません。地元で作る場合でも、適度に自動化して効率よく製造できれば、それでまったく問題ありません」

「パッキングを外注していたこともありますが、その管理に大変な時間がかかることを学びました。自分たちでやったほうが早かったのです。さらに、遠く離れて品質を維持することも難しかった。それを自社内に戻したところ、品質はすぐに戻りました。融通も利きます。変更があっても、わざわざ伝える必要もありません。何かが欲しければ、その日のうちに作れます」

工場部門はとてもシンプルです。約10名のスタッフがSugruを混ぜ合わせてパックしています。原料は、温度と湿度が管理された環境で、一度に100キロずつ混ぜ合わされます。
Mixing batches of raw ingredients
原料を混ぜ合わせる。

A batch of yellow Sugru
黄色いSugru の塊。

機械の多くは自家製の治具に載せられ、時間をかけて改良、拡張、強化されている。Janeが子ども時代を過ごした家と同じだ。巨大なソーセージのような形をしたSugruの袋がひとつの治具の上に載っている。そこから絞り出されたSugruは5グラムずつカットされる。そしてそれらは、ひとつずつ断熱パックに入れられる。このパッケージは、ずっと大きな業界の技術を上手に利用している。

「原料はすべて別の業界から来ています。そこから恩恵を受けているのです。たとえば、一部の原料はシャンプーやヘアーコンディショナーとして大量に使われています。袋に使っている素材(金属皮膜プラスティックフィルム)は、コーヒー業界で商品化されたものです。これらはスーパーハイテクな素材ですが、他の業界で大量に使われているため、私たちは安く手に入れることができるのです。私たちはそれらをごく少量使っています。でも、どんどん増えていますけど」とJane。

Sugru mini-packs, made of a commodity food packaging material
Sugruのミニパック。食品用の素材を流用している。

Sugruは成長途中のブランドだ。現在はイギリスのB&QなどのDIYショップで入手できるが、ヨーロッパ本土やアメリカにも進出を始めている。また、Makerのルーツを超える動きも見せている。Janeが今いちばんエキサイトしているプロジェクトは、Sugruをハックや改造のためのものとして使うのではなく、最初からSugruを含めたデザインだ。

foil

「それはフェンシングのフルーレのグリップです。イギリスのフェンシング用具職人のLeon Paulと共同で作りました。グリップをそのまま使うのではなく、つまり箱から出した上体ではまだ完成品ではなく、金属の土台にSugruを使って、自分の手にぴったり馴染む自分だけのグリップを作るのです」

将来、自分に合わせて完成させるために、こうした未完成の形で売られる製品が増えるかもしれない。


Sugruを使ったハックのギャラリーはこちら売ってるお店はこちら。運がよければ、近くで開催されるMaker FaireでSugruの人たちに会えるかも。


– Andrew Sleigh

原文