Fabrication

2014.07.08

カナダ初のSTLファイルの知的所有権侵害訴訟に学ぶ

Text by kanai

DJI Phanton Quadcopter. Image from flickr user Adam Meek.
DJI Phantonクアドコプター。写真提供:flickr ユーザー Adam Meek

先月、3Dprintler.comカナダで初めてのSTLファイルの知的所有権侵害訴訟に関するブログ記事を掲載した。それが本当にカナダで始めての STLファイルの知的所有権に関する訴訟なのか、それがカナダの法律に違反することなのか、私にはわからない。しかし、これはアメリカの法律から見たデジタルファイル、3Dプリント、そして知的所有権について考えるいい機会になると思う。私は、この問題に関する記事長年にわたってPublic Knowledgeに書いてきた。

MAKEのアメリカ人読者のために、この問題をアメリカで起きた、アメリカの法律下での問題と仮定して考えてみよう。(編注:日本語版では参考記事として掲載します)

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話はとても単純だ。記事の著者、Michael Golubevは、クアドコプター(ラジコンヘリコプターの一種)用のファイルをいくつかアップした。これらのファイルはクリエイティブ・コモンズ 帰属 ー非商用ライセンスのもとで、共有ウェブサイトのThingiverseで公開されていた。あるとき、そのパーツがCanadaDrones.comで販売された。これは商用利用を禁止するGolubevのライセンスに明らかに違反している。Golubevは知的所有権が侵害されたと感じ、CanadaDrones.comを訴えた。訴訟は即座に和解が成立し、販売を行った責任者は解雇された。

背景

実際に何が起きたのかを分析するためには、基礎知識を持っておく必要がある。第一に、これはいったい何に関する話なのかだ。STLファイルとは、3Dプリンターでのプリントに一般的に使用される形式のファイルだ。立体図形のPDFファイルみたいなものだ。大抵のプリンターが対応しているが、扱いはやや困難だ。今回問題になったファイルは、クアドコプターの部品だった。

Golubev’s video mount.
Golubevのビデオマウント

第二に、3Dプリントと知的所有権に関する法律について考える場合に、2つの異なる要素を心に留めておく必要がある。オブジェクトとファイルだ。わかりづらいところなのだが、理解しておかなければならない。従来の著作権に関する訴訟では、ファイルと保護されている作品との区別は曖昧だった。小説を書いたり写真を撮影したとき、小説や写真はファイルとしてのみ存在するものであるため、ファイルと作品は同一と考えられた。小説も写真も、ファイル以外の形では存在しないからだ。

しかし、3Dプリントされたオブジェクトの場合は違う。3Dプリントの世界では、ファイルとオブジェクトは切り離される。知的所有権法では、オブジェクトと、オブジェクトの代理(represent)であるファイルをまったく別物として扱われるため、この区別が重要になる。

第三に、著作権と特許の違いも、ここでは重要になる。簡単に言うと、著作権は創造的(非機能的)作品を守る。この権利は、作品が作られると同時に自動的に与えられる。それに対して、特許は機能的オブジェクトに与えられる。著作権が自動的に付与されるのとは違い、自分から特許の申請をしなければならない。

以上の基礎知識を踏まえて、初めてここで何が起きたのかを知ることができる。

オブジェクト

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Golubevのブラケットに送信機が組み込まれたところ

CanadaDrones.comで販売されたのは、Golubevの部品だ。彼のSTLファイルではない。Golubevは、許可なく彼の部品が販売されていると知ったとき、知的所有権が侵害されたと確信して訴えを起こした。しかし(あくまでこれはアメリカの法律の下での話にしているので、カナダの法律ではそのとおりにはならないかもしれないが)、Golubevがその部品の知的所有権を有しているかどうかは定かではなのだ。

その部品とは、ビデオ送信機をマウントするためのブラケットだ。これはまさに、「機能的」オブジェクトそのものだ。特定の仕事(送信機のマウント)をするために作られた。そしてそれは、クアドコプターに送信機を取り付けるための部品だと指定されている。

したがって、これは明らかに著作権の保護から外れる。特許でなら守られるであろうが、Golubevがその特許申請を行った、または特許が下りた証拠はない。

結論として、このブラケットは、いかなる種類の知的所有権にも守られていない。つまり、誰であっても、そのブラケットを複製したり、改造したり、作ったりが、Golubevの許可なく可能であるということだ。許可なくして、大々的に販売しても構わない。そのオブジェクトそのものに関しては、Golubevのクリエイティブ・コモンズのライセンスは適用されない。CanadaDrones.comはGolubevの許可を得ることなく販売しても構わなかったのだ。そうすることに、なんら違法性はない。CanadaDrones.comがGolubevのデザインを元にブラケットを製造して販売することを、Golubevは承諾しないだろうが、Golubevにはそれを止める法的権利がない。

これは、コンピュータープログラム、写真、映画、音楽など、著作権で守られる世界から来た人には驚きだろう。ひとたび、機能のある物理的オブジェクトの世界へ来たなら、すべてが知的所有権で守られるという考えは捨てなければならないのだ。

ファイル


テキストエディタで開いたブラケットのSTLファイル

以上はオブジェクトの話だ。それは分析の最後の段階にあたる。しかし、3Dプリントでは、2つの大きな要素について考えなければならない。オブジェクトとファイルだ。そして今回のケースでは、ファイルが少々やっかいな存在になっている。

機能的なオブジェクトと違い、ファイルは単なるコードだ。通常、コードは著作権で守られる。つまり、オブジェクトは著作権で守られなくても、そのファイルなら守られる可能性があるということだ。

もし、ファイルが著作権で守られるなら、CanadaDrones.comはファイルのコピーを作る許可をGolubevに求めなければならなくなる。その他の人もみんな、非商用目的でファイルをコピーする場合は、彼の承諾を得て、彼の著作物であることを明記しなければならない(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとはそういうことだ)。CanadaDrones.comがそのファイルのコピーを作ったとしたら(ダウンロード、またはプリンターにコピーしたなら)、彼らはGolubevのファイルの著作権を侵害したことになる。物理的オブジェクトに関しては一切の違法性がないにしてもだ。

もちろん、物事はそう単純に割り切れるものではない。この分析には、(申し訳ないが)さらに2つの問題が加わる。ひとつめは、これはファイルそのものに対してのみ適用されるということだ。もし、CanadaDrones.comがGolubevのファイルを使わずに、オブジェクトをリバースエンジニアリングしていたとしたら、彼らはファイルをコピーしていないのだから、法的にはまったく問題がないことになる。

ふたつめは、ちょっと複雑なのだが、コードは著作権で守られていても、オブジェクトの代理であるコードは著作権で保護されない可能性が大きいのだ。これに関しては、この白書の14から19ページに詳しく書かれている。簡単に説明すると、その物理オブジェクトをデジタル化する唯一の方法が、Golubevのコードにそっくりなコードだったとしたら、GolubevのSTLファイルが著作権で守られることがなくなるということだ。著作権で守られていないファイルなら、許可なくコピーしても完全に合法となる。

写真

さらに話を複雑にすることを恐れずに言うなら、もうひとつの要素がある。その当時のGolubevのThingiverseページには、マウントがどのような形をしていて、どうやって使うのかを説明するための写真が掲載されていた。

これらの写真は、明らかに著作権で守られている。CanadaDrones.comが許可なくこれらを使えば、当然、著作権の侵害となる。Golubev が写真に映っている画像の使用を許可したのか (または使用許可を求めていたのか) について彼に聞くことはできるが、今はこの問題は忘れよう。

結論

これは面白い問題を提起してくれる。CanadaDrones.comが物理的なオブジェクトをコピーしたことは知的所有権の侵害にならないことは確実だ。しかし、彼らがファイルをコピーして知的所有権を侵害していたとしたら、難しい状況になる。写真使用の件は除外するとして、Golubevによる知的所有権侵害の訴えは、敵対的なものではなかった。彼が訴えたとき、CanadaDrones.comは反発しただろうか?

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解析

幸いながら、答は「ノー」だ。法的な対策を立てて法廷で決着を付ける代わりに、CanadaDrones.comは即座にGolubevと和解した。和解は賢明だった。CanadaDrones.comは Golubevに対して、訴訟の際に発生した費用を支払い、彼に謝罪の書簡を送り、最初にこの部品の販売を行った責任者を解雇したのだ。

結局は、裁判を起こしても同じ結果に終わったのかも知れないが、こちらのほうが印象がいい。CanadaDrones.comは裁判費用を節約でき、裁判に伴う悪評を回避できた。Golubevは、彼の製品の販売停止と謝罪を得た。法的妥当性はともかく、両者にとってハッピーエンドとなったわけだ。

単独のケースとして、これは、最低限の法的介入で友好的に解決した好例として見るべきだろう。一方、ケーススタディとしては、知的所有権とその侵害という問題が、3Dプリントの世界ではどう作用するのかを研究する好材料となる。

これだけの話に限れば、この一件は、3Dプリント環境に「侵害」などの用語を持ち込むことが、音楽や映画の場合よりもずっと複雑であることを示す例になったと考えたい。ここは複雑な世界だ。著作権という単純明快な世界での侵害について知り尽くしている人が多くいるからこそ、なおさら複雑になる。

いずれは、みんなが納得する形が出来上がるだろう。しかし今は、こう覚えておくことが大切だ。コピーしたからと言って、かならずしも知的所有権の侵害にはならない。戸惑うかも知れないが、これは大きなチャンスでもある。つまるところこの一件は、物理世界には、許可を得ずにコピーし、それを下地にして作り、改造できるもので溢れているのだと私たちに教えてくれている。それは、みんなにとって大きなチャンスなのだ。

– Michael Weinberg

原文