2015.12.25
MakerCon 2015セッションB「開発・改良を加速するためのオープンソースとビジネスを守るためのクローズのバランス」
MakerCon Tokyo 2015のセッションBは「オープンソースハードウェアの可能性と課題」と題して、知的財産権と製造物責任の観点から事例の紹介と議論が行われた。登壇者は、知財が専門の弁護士でオープンソースライセンスと関わることも多い水野祐さん(弁護士、Creative Commons Japan理事)、電動義手「HACKberry」の改良のため、製造情報をGitHubでオープンソース化した山浦博志さん(exiii株式会社 CTO)、フルカラーLEDや小型スピーカーを組み込んでさまざまな通知を行う眼鏡「雰囲気メガネ」の開発に携わった白鳥啓さん(株式会社 間チルダ 代表取締役)。モデレータは小林茂さん(IAMAS)が務めた。
オープンソースハードウェアのビジネスの難しさ
ハードウェアのオープンソース化に関連する最近のトピックとして、まず小林さんから挙げられたのはArduinoである。Arduinoの公式サイトはもともと「arduino.cc」であったが、現在は「arduino.org」が並立している。Arduinoの開発元と製造元の2社に対立があるためで、オープンソースビジネスの難しさが出ているとした(Arduino戦争:グループ分裂、そして新製品の登場)。
また、Makerbotは当初オープンソースハードウェアとして3Dプリンターを開発していたが、のちにクローズドソースへと方針を転換している。その当時、大きな議論を巻き起こしたことを紹介(オープンソースのヒーローはクローズドソースに走るのか?、MakerBotのオープンソースと未来に関する種々のメッセージ)。このようなクローズド化もオープンソースハードウェアが理念から実際のビジネスへ転換していくうえでは必要なことだったとした。ほかに、一番うまくいっているであろう事例として紹介した「littleBits」はオープンソース戦略をとりつつ、すべてをオープンにはしていない。2つをうまく区別してバランスをとってやってきている(よくあるご質問 – littleBits)という。
オープンソースにすればユートピア的になにもかもうまくいくわけではなく、可能性と同時に課題も考えなければならないことがここ数年明確になってきているとし、そのことをこのセッションで議論したいとまとめた。
オープンソースライセンスは使いどころが肝要
次に発表を行ったのは弁護士の水野祐さん。もともと知財を専門にしており、オープンソースプロジェクトにかかわることが多いと自己紹介した。現在のさまざまなプロダクトは昔の製造業的なハードウェアではなくなりつつある。ソフトウェアやコンテンツが多様に盛り込まれている状態であり、知的財産権(IP)もいろいろなところに発生するという。
知的財産権の枠組みとして示された図(総務省の「ファブ社会に向けての法・社会制度に関する手引き」[PDF]から)
オープンソースの流れは、まずLinuxなどのソフトウェアからはじまり、その後Wikipedia、Flickr、Vimeoなどのコンテンツへと広がっていった。その潮流が今ハードウェアへ向かおうとしているという大きな動きがあり、特にこの2年程度で状況が大きく変わってきているという。コンテンツの知財化であれば、著作権の保護範囲で収まっていたものが、ハードウェアに移行するにしたがって特許や意匠のようにお金をかけて権利化するというところも出てきている。知的財産権を取得して、littleBitsのように一部を守りつつオープンにできるものはオープンにするという「戦略的なオープン化」の試みが出てきているとした。
課題として挙げたのは、まず公開のタイミングである。権利を取得する前にアイデアをネットに公開すると新規性が喪失し、6か月間の救済規定はあるものの特許や意匠として認められなくなることがあると注意を促した。ほかに、オープンソースにマッチする複数のライセンス(GPL、Apache、MIT、クリエイティブ・コモンズなど)からどれを選ぶかもまた難しい。ライセンスどうしの互換性もあるため、利用規約を作るとき矛盾がないように考えなければならないこと、知財化には個人では金銭的、人材的にハードルがあること、オープンとクローズドのバランス取りの難しさなども指摘した。これらに正解はなく、「プロダクトのことを考え抜くしかない」とした。
次に「昔から製造業者に重くのしかかっている問題」(水野さん)として、製造物責任(PL)について触れた。製造物責任を負うのは「製造業者等」である。「業者」というと企業を想起させるが、業として反復・継続して行う場合には個人でも「製造業者」になること、3Dプリンターによる出力もまた製造にあたるといった解説がなされた。また設計図のみをオープンにするのであれば、故意や過失が認められるような、よほど悪いデータを公開していないかぎり、製造物責任法の範囲にはかからないし、民法の損害賠償請求の責任追及の対象にもならないという。
製造物責任の現在の課題としては、消費者保護のために成立した製造物責任法はもともと「弱い」消費者を「強い」製造業者から守るという世界観にもとづいていることが挙げられた。現在は状況が多様化し、「強い」消費者や「弱い」製造業者も存在している。その中で、製造者であるというだけで製造物責任法の網に触れるのはいかがなものか、個人に近い製造業者などは場合によっては製造物責任法の対象にしないのが適切ではないかという議論もあるとのことである。ただしもちろん、それで民法上の損害賠償請求が免責されることはないと釘を刺した。そのほか、プロダクトに関与するプレイヤーが増えることで責任の分散化が起き、どこにどういう責任があるかわかりにくくなってきていること、個人向けのPL保険はまだ入りにくいことなども課題として挙げられた。
オープンソースハードウェアの製造物責任(PL、スライド資料より)
また、オープンソースハードウェアの製造物責任(PL)について課題として挙げたのはハッカブルな製品についてである。ハックさせることに価値がある製品では、製造物責任を免責されると利用規約に明記し消費者の同意を得ても、それらの規定は消費者契約法にもとづいて無効になってしまうのが現在の一般的な法律界の考え方であるとし、その問題を指摘した。
最後に、総務省が開き水野さんも参加した「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」の報告書を紹介した。「ファブ社会推進戦略 Digital Society 3.0」(「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」報告書)および「ファブ社会に向けての法・社会制度に関する手引き」のPDFは、総務省の「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」報告書の公表」からダウンロードできる。特に「法・社会制度に関する手引き」については、「クリエイティブな人たちが法律に詳しくなればよいと考えているわけではないが、ざっくりした感覚を身に着けてもらいたい。読んでおけばそう変なことにはならないようなものを目指した」(水野さん)とのことである。
電動義手をオープンソース化して開発を加速
exiiiのメンバーは、パナソニックやソニーを退職した3人のエンジニアである。現在はオープンソースハードウェアとして電動義手を開発している。パナソニックでデジタルカメラの機械設計に携わったのち独立した山浦博志さんが、exiiiの活動を報告した。
電動義手は腕の筋肉の動きを読み取って動作する。ものを握ったりでき、上肢欠損者の生活品質を向上させる。しかし従来の電動義手は150万円程度と高価で、保険の適用が難しいこともあって普及率は1.7%にとどまっているという。exiiiが開発する電動義手のコンセプトは「気軽な選択肢」であり、安価に入手できてデザインを選べるようにする目標を持つ。
上肢欠損の当事者によると、初対面の人が自分の障害に気付いたとき、遠慮されるのがかえって心苦しいのだという。そのため、気心が知れてきてから義手であることを告げるのだそうだ。exiiiが目指すのはそれとは違うアプローチであるとして、開発中の電動義手を展示会で披露したときの動画が上映された。動画ではこのメカの腕を見た来場者が「すごい、クールだ」と興奮してさかんに握手を求めていた。そこに義手の人に対する遠慮や尻込みはない。障害を持つ人はともすると、社会の片隅でひっそりと生きるのがあるべき姿と思われてしまいがちだ。しかし動画には、exiiiの電動義手をつけることで「義手であることがひとつの個性としてとらえられるようになり、むしろヒーローとなる」(山浦さん)様子がとらえられていた。このように、人々と障害との関係を変化させるのが電動義手であり、これをつけられる人を増やしたいというのがexiiiが目指しているものだとした。
電動義手のデモンストレーション。握手を求める人が引きも切らない
電動義手をオープンソース化した理由について山浦さんは、改良を加速したいからだと話した。義手の市場は小さいため、開発費が限られる。上腕欠損の人は調査によると国内で82,000人という。この数字は指だけを失った人も含まれるため、義手の需要がある人はもっと少ない。3Dプリンターを活用して少量生産でのコストを抑えたといっても、販売数量の上限が数万程度というのでは大規模な投資は望めない。3人でゆっくりと開発して、何年経っても完成しないというわけにもいかない。そこで実用的な義手を早期に完成させるためにオープンソースにし、外部の協力者を巻き込むことにした。
自社の権利を守りつつオープンソースの恩恵を受けるために、必要な特許はオープンソース化する前に出願したほか、利用規約に「プロジェクト内での利用に限る」といった文言を盛り込んだという。公開されたデータをもとに作った義手でものを落としてけがをするといった製造物責任に関しては、データの無償提供であれば問題はないと判断、利用規約にも免責と明記した。
一方で、製品として製造、販売すればそれは製造物責任の対象となる。会社が保険に加入し、また製品の信頼性を上げる改良を行っているとした。オープンソース化にあたって採用したライセンスは、ハードウェアのオープンソースで一般的なクリエイティブコモンズ(CC)である。CCのうち「表示(BY)」と「継承(SA)」を採用し、オープンソース化で改良された結果をexiiiも製品に反映させるために、「非営利(NC)」は採用しなかった。
こうして「HACKberry」をオープンソース化した2か月後、ロンドンで最初の派生プロジェクトが生まれた。アメリカでは、部品の入手を容易にするために開発用キットが作られた。ほかにポーランドでは、子どものために左手の小型版を作成するプロジェクトが誕生。右手用のデータを反転し子ども向けに全体を70パーセントに縮小した上で、縮小できない電子部品を搭載するために設計も改良してくれたとのことである。
一方で課題もある。GitHubのコミット数が伸びないことが代表例で、コミットもほとんどがexiii社内のものだという。「ハードウェアでは、改良した内容をGitHubに反映させるのがまだ一般的ではないのかもしれない」と山浦さんは語った。
シンプルな情報伝達を行う眼鏡を
「雰囲気メガネ」はスピーカーつきの光る眼鏡で、照度センサー、LEDライト、加速度センサー、スピーカー、UVセンサーなどを備えている(未来の、だけど身近なデバイス『雰囲気メガネ』― 大企業とソフトウェアエンジニアのコラボレーション)。スマートフォンとBluetooth LEで通信し、タイマーやメール到着、スマートフォンの置き忘れなどさまざまな通知を行う。MIDIやOSC(OpenSound Control)からの制御も可能だ。最初の出荷はクラウドファンディングの「Makuake」を通して行った。2014年7月にMakuakeに登録するとすぐに目標金額を達成、今年の10月にはネットショップで一般販売を始め、11月からはパリミキの一部店舗でも販売されている。
登壇者の白鳥啓さんはIAMAS(岐阜県大垣市)を卒業後、岐阜県に残ってアプリ開発の会社として「間チルダ」を設立した。ARアプリケーションを制作するほかメディア芸術祭にも出展するなど多方面で活躍している。メガネのパリミキと共同で設立した会社「なまえめがね」が中心となって、「雰囲気メガネ」の開発や製造を行っている。
雰囲気メガネの開発の原点は、久しぶりに会った人の名前を思い出せるようにするデバイスだった。ビーコンを各自が持っていて、お互いが近くに来るとBluetooth LEで通信して誰なのかがわかるようなものを考えていたという。メガネメーカーと組むことになってデバイスの形状をメガネにしようという方針が決まり、商品のコンセプトは「アンビエントな(包み込む、環境の)情報提示」に絞られていった。
開発にあたっては製造物責任に関するチェックも必要となる。眼の周囲にLEDやバッテリーがあるのは大丈夫か、フレームが肌に触れているのはどうか、といったさまざまな指摘があったという。特にLEDは目に悪いという医師が多く、そういう場合は反証を探すのではなく、目に悪いという意見の内容を精査して例外的な条件に落とし込むといった工夫をしたとのことである。「プロジェクトをドライブするのが僕の立場だったので、指摘が来た時にはちゃんと対応しました。そういった指摘は過去の事例をもとにしたものが多く、検証されていないケースもあって、どんなタイミングでどうなったら事故が起こるのかを調べると、(ほとんどの場合)プロジェクトを止めるほどの問題ではなかった」(白鳥さん)
雰囲気メガネは、SDKを公開しており、スマートフォンやパソコンから制御するプログラムをObjective-CやSwiftで開発できる(雰囲気メガネのMIDI/OSCプロトコル、IFTTTで雰囲気メガネをコントロール)。個人向けに限らず、B2Bの問い合わせが医療機関などから寄せられたという。
また知的財産権に関しては国際出願中で、企画段階から弁理士に加わってもらっている。依頼した弁理士が雰囲気メガネのファンになり、自発的にさまざまな提案を行ってくれたという。「いい弁理士さんに会えました」というのが白鳥さんの弁である。
オープンとクローズドのバランス
引き続き行われたディスカッションは、小林さんがテーマを提示していき、それにゲストが答える形で進められた。まず、オープンとクローズドのバランスについて尋ねたところ、雰囲気メガネについて白鳥さんは「ファームウェアはクローズドになっていて、アプリ側からはAPIごしにいくらでもいじれるようにしています。3Dデータに関しても機構は非公開とし、外装にいろいろアタッチできるようにするところでとどめています。オープンとクローズのバランスをどうするかが難しい。それを聞きにここに来ました(笑)」と答えた。
HACKberryの場合、「特許性があるものはまとめて(特許を)取得してから、3Dデータや基板データ、ファームウェアとして書き込むArduinoのスケッチも公開していった」(山浦さん)という。それは「Hackberryはすべてを改善したいから」だと述べた。それを受けて水野さんが語ったのは「探りながら、オープンにするのは難しい」ということだった。しかし、オープンにすることでそのマインドに惹かれて人が集まりやすいのは各登壇者とも実感しているようで、「どんなに小さなところからでもよいから一部をオープンにするのがよい。小さな一歩を踏み出すことがなにかを起こすきっかけになるという鉄則がある」と水野さんがまとめた。
GitHubのほかに必要なツールがあるかについて、山浦さんは「3Dデータを扱う環境が人それぞれで、CADが全員違っていたりする。テキストデータに対して全員違うワープロソフトを使っているようなもの」とし、クラウド上のデータを全員で編集する「Fusion 360」や「Onshape」といったソフトウェアに可能性を感じていると語った。水野さんが、HACKberryの開発でGitHubと別に立ち上げたフォーラムについて尋ねると、「あれはよかった。GitHubにもフォーラム機能はあるが、そこにすべて書き込んでしまうとビジネスができなくなってしまう。自分でコントロールできるところに価値のある情報が集まっていることが大事」(山浦さん)と語った。
オープンソースにするかどうかの判断について水野さんは、「オープンソースにしようかどうか迷っている人やメリットがない人に、無理にオープンソースをすすめたりはしない。オープンソースは選択肢の一つでしかないので」。小林さんも「山浦さんたちからHackberryのオープンソース化を相談されたとき、『それはやめたほうがいいのでは』と思いました。とにかくオープンにしましょうと勧めることはありません」という。また「Hackberryの利用規約はなぜオープンにするのかということが詳しく書いてある。いいことだからオープンにします、というようなふわっとしたものではなく、みんなの力を切実に必要としている、改良したいからオープンにするのだ、とはっきり書いてある。これは成熟した文化につながるものがあるのではないか」と続けた。
最後に「今後、こういった議論がさらに広がるために必要なものは?」という小林さんの質問に対して、白鳥さんは「世の中に対してどうアプローチしたらよいかという思想のようなことをディスカッションする場所があるとよい。イベントなのか(オンラインの)フォーラムなのかわからないが、そういう場がほしい」と答え、山浦さんは「ソフトウェア(のオープン化)は実績が多いが、ハードウェアでちゃんとお金を稼げている事例が増えてほしい」とコメントした。