Science

2020.03.31

南欧を脅かすパンデミック #2|オープンソースで医療現場を助けるCoronavirus Makersは各地のメイカーを束ね、さらに政治に働きかける

Text by Toshinao Ruike

本シリーズでは南欧在住のmakezine.jpコントリビューター、類家利直さんに南欧の現状とメイカーの動きをレポートしていただきます。

2月下旬の北イタリアでの新型コロナウイルスCOVID-19の感染爆発の後、1、2週間ほど経ってからスペインでも深刻な感染爆発が始まりました。あっという間に大混乱になっていたイタリアよりはまだ準備できる余裕もあったかもしれませんが、スペインでは都市封鎖による強制的な自宅待機の期間はさらに長くなっており、多数の感染者を出しているマドリードやバルセロナのような大都市を中心にイタリアと同様の医療崩壊の危機に直面しています。

今、発病・重症化しても満足な治療が受けられるかわからず、また一部の職種を除き仕事も止められている状態なので、このロックダウンがどれだけ続くのか一般市民の間に不安が広がっていることは間違いありません。実際、このパンデミックを利用した詐欺事件が多発していたり感染した高齢者を病院に移送するバスが投石を受けるという八つ当たりとも言うべきような事件が起きていて、絶望した人々によって社会がコントロールを失いかけているようにも見えます。近年のスペイン政府の緊縮財政により医療現場のリソースは限られているため、疲労困憊した多くのスタッフが限られた装備で感染の危機に晒されながら今も仕事を行っている様子が現地メディアでも紹介されています。

16,000人ものボランティアが医療機器や保護具をオープンソースで開発・提供するCoronavirus Makers

前回の記事ではイタリアのメイカーがFab Labネットワークを通じて病院と協働している事例を紹介しましたが、スペインでは人工呼吸器や感染予防のためのフェイスシールドやマスクを開発するさまざまなプロジェクトが各地で着々と進められています。それらの中心になって動いているいるのは、Arduinoの共同ファウンダーで教育ディレクターのDavid Cuartielles。Davidはメイカームーブメントを紹介するオンラインメディア、La Hora MakerのCésar García Sáezと共にCoronavirus Makersのフォーラムを3月13日に立ち上げ、人工呼吸器や感染予防のためのフェイスシールドやマスクの開発を支援するプロジェクトを開始。すでにスペイン語圏を中心に16,000人ものメイカーがプロジェクトに関わっています。下の動画は地元の通信会社Telefonicaの協力で制作されたプロモーションビデオです。

サイト上では情報交換や進捗状況の確認、オープンソースによるドキュメンテーション、動画による手順のマニュアル化などが粛々と行われ、公開されています。またスプレッドシート上にスペイン各地のメイカーやメイカースペースの連絡先情報が登録され、3Dプリンターなどの設備がどこにどれだけあるか州ごとにリスト化されています。各プロジェクトで仕様やデザインが固まった時点で、公開された情報を元に各地のメイカーが一斉に製作を開始し、必要な場所に必要なものを供給する体制が整えられています。

アドミニストレーター役のDavid CuartiellesはこれまでArduinoのような大きなオープンソースプロジェクトをまとめてきた経験があり、さらにスペインでは長年Arduinoの教育プログラムを行っているので、各地のメイカーはもちろん、デジタルファブリケーション関係の会社や教育関係者たちとの繋がりがあり、短期間で16,000人以上もの多くのボランティアの協力者を集めることに成功しています。

スペイン各地で現在進められているプロジェクトは人工呼吸器関連だけで40にもなる

重症者の治療に使われる人口呼吸器がスペイン全土で不足しているため、各地で人工呼吸器を制作するプロジェクトが進められており、すでにその数を合わせると40ほどにもなると言います。

その中の一つ、オープンソース化を目指して開発しているアストリアス州のReesistencia Teamはすでに動物実験も終わらせ、現在詳細な仕様をドキュメント化する作業に入りました(実験に使った豚を傷つけず可愛がっている様子も含め、Twitterで経過が細かく報告されています)。

カタルーニャ州でもバルセロナ郊外サバディの大学病院、Hospital Parc Taulíと地元の保健局とIT企業のHP、そして地元の経済コンソーシアム、Zona Francaがタッグを組んで人工呼吸器を生産し始めたことがメディアでニュースになりました。地元のデザイン施設、D-hubが技術的なサポートを行いZona Francaの施設を使って3Dプリンティングで制作されるこの人工呼吸器ですが、1日50組から100組ほどの生産ペースを目指しています。この病院の場合、3月27日の時点でCOVID-19に感染して入院している患者は399名、さらに集中治療室に入っている患者の数が46名。今なおCOVID-19関連での患者数は増加していて、余談を許さない状況です。

モノはできていて、動物実験も行っても、政府の認可が下りず検証基準も示されない

「非常時に在野のメイカーやエンジニアたちが医療機関の要望で医療機器・器具の不足を補うために協力する」というアイデアは非常に希望に満ちたシナリオのようですが、それを実現するためには安全面の配慮はもちろんのこと、法規制をどう解決するかという問題もあります。

メディアでニュースとして取り上げられたり、実際に開発された人工呼吸器が当然これから病院で使われるのだろうとだれもが期待します。しかしDavid Cuartiellesによると、こういった各地の取り組みに対して現時点で国からの認可が下りた件はまだ1件もありません。

国が何もできないところでもメイカーなら助けられることもあるのに、彼らは医療機器を検証する基準を規定することができないんだ」

それどころか、医療現場が導入したくても検証が十分でないとして今回制作された機器や保護具を排除しようとする動きすらあるとDavidは語ります。

このパンデミックの状況下で世界的に人工呼吸器が足りず、今後の供給も困難なことが予想されます。そういった中で、この検証基準の件についてスペイン政府に問い合わせを行っても返答はなく、Davidを始めとするプロジェクトに関わる有志はこれから政府に対して抗議活動のキャンペーンを始めようとしています。

草の根的に展開されるフェイスシールドの配布、しかしスペイン保健省は認可を与えず一部の州では受け取り拒否


アラゴン州の病院から届いた感謝のメッセージ、Coronavirus Makers Aragon(@COVIDMkrsAragon)のTwitterより

これまでウイルス対策と言えばマスクが主でしたが、飛沫感染の予防に効果があるとされるフェイスシールドを医療関係者がテレビなどで付けている場面も最近多く見受けられるようになりました。製品として流通している数は限られているので、メイカーが3Dプリンティングでヘッドバンドの部分にプラスチックシートを差し込む方式で自作したものがスペイン全土で少しずつ使われ始めています。

現在、Coronavirus Makersのネットワークでは3Dプリンティングを活用して、ネットワーク全体で1日に合計41,000個のフェイスシールドを生産することが可能で、すでに35万個が生産され各地の病院などに配布されました。例えば、「マドリードの病院で60セットのフェイスシールドが必要です」というTwitterのメッセージがあればそれに対して、近隣のメイカーが連携して3Dプリンティングを行って配布するといった活動が行っています。ちなみに隣国ポルトガルでもMovimento Makerが同様に近隣のメイカーを調べられる地図を公開しています。

上の動画は南スペインのアンダルシアの病院によるものですが、ライターの熱でプラスチックシートに穴をあけてゴムを通すという工夫によってフェイスシールドを代用している現場もあります。多くのスタッフが感染の危機にさらされながら仕事を行っているため、すぐにでもこういった保護具がほしいと要望している病院や関連施設は少なくないのです。

ところが、スペイン保健省は3Dプリンティングで制作されたフェイスシールドに認可を与えていないため、先週末からマドリード州内の病院はこういったフェイスシールドの受け取りを拒絶しました。マドリード州首相のIsabel Díaz Ayusoは3月30日に「保健省は認定を行う前に、一つ一つ完璧に機能するかどうか確認するテストを行わなければいけない」とツイート。こういった発言に対しては、「誰かが今まさに溺れているのに、それを助けようとする者に救命士の認可を与えようとするものだ」といった批判の声が出ています。

各地のメイカーや関係者を束ね、さらに政治に働きかける必要性も

ウイルスという見えない脅威との戦いも大変ですが、こういった緊急事態においても、メイカーは作ったものを医療現場で使うために行政の認可を受ける必要があり、そこで骨を折らなければいけません。もしそこで行政が素早い認可に消極的であれば、今回のスペインの例のように政治にも働きかける必要が出てきます。現在この問題はスペインの主要メディアでも取り上げられ、DavidのところにはCoronavirus Makersについて省庁関係や軍からも問い合わせが来ているということです。なんとかいい方向に事態が改善することを願ってやみません。

今回の件は、「医療現場においてメイカーがどれだけ役立てるのか」という単純に技術的な問題ではなく、誰もが参加できるDIYのオープンソースプロジェクトと敷居が高い医療分野における許認可を行う政府機関という異質なものがぶつかりあった時に社会的にどのような解決が可能か考えるための事例でもあると思います。メイカームーブメントは単なる物作りだけでなく、個人が生産や消費のあり方を変える一種の社会運動でもあると思いますが、今すぐに多くの人命を救わなければいけない状況下でメイカーはどう社会に働きかけることができるのか、パンデミックが世界中で進行する中でこの待ったなしの問いに何らかの答えを出す必要があると思います。

ZoomやTelegramやSlackを使いながら、オンラインでスペイン国内の多くのメイカーや関係者を束ねているDavid Cuartiellesはスペイン人ですが、現在彼は在住しているスウェーデンのマルメから、このCoronavirus Makersプロジェクトを指揮しています。また、この記事を書いている私自身もスペインを拠点にしていているものの、今回はポルトガルから日本に向けて南欧のメイカーの状況について書いています。

今はスペインにいたとしても外出もままならない状況なので大混乱の真っ只中のスペインの外にいる方ができることは多いということもありますが、逆にスペインのために何かしたいと思ったら、“スペイン”という国境で囲われた空間にいるかどうかは関係ない、それは自分の気持ち次第だということを特に今回実感しています。逆に、その国の中にいても助け合いに興味を持たず、本当に何もしない人も実際にいると思います。世界のどこにいても、困難に直面した時には積極的に助け合える関係を私たちは築いていくべきなのではないか、そのようなことを切に感じています。