Other

2022.09.07

会場に突如現れた8体の「魔改造モンスター」たちは、メイカーやエンジニアが主役の世界からやってきた存在だ ― Maker Faire Tokyo 2022 会場レポート #1

Text by Yusuke Aoyama

Maker Faire Tokyo 2022で、局所的なムーブメントを起こしていた展示群がある。NHKのBS放送番組「魔改造の夜」に出演した魔改造マシン、いわゆる “モンスター” たちだ。

Maker Faireの参加者やメイカーならご存じの方も多いだろうが、「魔改造の夜」はモノづくり企業が参加して、オモチャや家電を改造し、本来とはまったく異なる機能や性能を持たせて、競技という形で競う番組。いわば、メイカーの、メイカーによる、メイカーのための番組だ。

当然、各企業からの出演者にはメイカーも多く、放送時にはMaker Faireの会場で取材したり、話を聞いたりしたことがある顔をいくつも見かけることができた。

そして今回、Maker Faire Tokyo 2022の会場で見ることができたモンスターたちは、次の8体。

  1. H技研「魔破★掃一郎」、「RC90V」
  2. Y精密「とびまるくん」、「森の格闘家 クマごろう」
  3. GX「The Bears Groove Night」、「DUST EMPEROR」
  4. Rコー「PENTA-X」
  5. T社「魔獣キングスパニエル」

そんなモンスターと、その制作者を紹介していこう。

その名も「魔改造倶楽部」という名称で出展していたのは、H技研、Y精密、GXの3社合同のグループ。「魔改造の夜」第2回で共演したのが縁で、H技研が声を掛けて今回の出展になったそうだ。

自動車、バイク、航空機などを手がけるH技研は、お掃除ロボット走り幅跳びに出場したロボット掃除機のモンスター「魔破★掃一郎」と、クマちゃん瓦割りに出場した「RC90V」を展示。同社の航空関連部門のメンバーが中心となって、レース部門や乗用車部門のメンバーなどが集まってチームを結成したそうだ。

「魔破★掃一郎」は、二酸化炭素によるジェット噴射でジャンプするが、軽量化のためにお掃除ロボット本来の部品は極限まで削られており、手に取るとその軽さに驚かされる。当初は別の手法で飛ぶ予定だったがそちらが上手く行かず、番組収録の1週間前に炭酸ガスジェット方式に決定したため、時間も予算もギリギリの状態だったと、チームメンバーで同社エンジニアの陣内さんは話してくれた。


H技研の「魔破★掃一郎」。お掃除ユニット以外の部品はすべて新たに作られたもの

だが、ジェット噴射のカギを握るバルブについてはターボエンジンのタービンの開発経験者が担当し、コンピューターシミュレーションによって十分な推進力が得られることを確認するなど、社内横断チームによるメンバーの能力をフルに活用することで、見事マシンは仕上がり最高の結果を残すことができた。


「魔改造の夜」の競技でもっとも優れた記録を残した参加者に与えられるトロフィー。これはH技研の「RC90V」が獲得したもの

「RC90V」は、瓦を割り砕くための、見た目にも強力な総重量100kgの金属製の手刀が特徴。手刀の素材は、本来は工作機械を固定するための台座だったもので、とにかく堅いため、その加工には苦労したそうだ。また、手刀は単純に堅ければ堅いほど良いわけではなく、瓦との接触面に柔らかい素材を挟んだ方が、効率よく瓦が割れることがわかるなど、数々のトライアンドエラーの結果、最良の結果にたどり着くことができた。


H技研の「RC90V」。手刀の重さは100kgにもなる

Y精密は、「とびまるくん」と「森の格闘家 クマごろう」を展示。「とびまるくん」は、シリンダー内の金属製バネの反発力で飛ぶ仕掛け。バネは金型等の産業分野で使われる強力なもののため、人の手ではとても圧縮できない。特大のネジ式クランプで圧縮して、シリンダーに取り付けるという代物。


Y精密の「とびまるくん」。左側にあるスプリングが実際に使われたもの

ブースで説明を行っていた同社の永松社長は、Maker Faireには初参加。B2Bが主体かつ機密性の高い部品の製造を依頼されることも多いため、普段はなかなか自分たちの仕事への反応が得にくいそうだが、番組への出演とMaker Faireへの参加によって、多くの人から番組を見た、楽しかったといった「たくさんの反応があることが新鮮」だったと語る。

「森の格闘家 クマごろう」は、全長が2メートル弱の「クマの右腕」に36kgの金属塊が仕込まれており、それで瓦をたたき割るというモンスター。開発チームのリーダーを務めたY精密の佐藤さんは、「瓦を割るならもっとよい設計があったが、ぬいぐるみのクマの右手だということにこだわって作った」と話す。また、巨大なクマの右手は、遠目にも目立ち印象的なため、一緒に記念写真を撮影する子どもたちの姿が多く見られた。


Y精密の「森の格闘家 クマごろう」の右腕。左下にある円筒形の物体が、肉球部分に仕込まれていた36kgの鉄塊

GXは、人とふれあうロボット「LOVOT」を発売するロボットベンチャー。「The Bears Groove Night」と「DUST EMPEROR」を展示していた。「The Bears Groove Night」は、3体のクマのぬいぐるみがバンド演奏をしながら、18kgの重りで瓦をたたき割る。会場では3体のクマの部分のみが展示され、演奏する様子を見せており、そのカワイイ様子に子どもたちが引きつけられていた。


GXの「The Bears Groove Night」。楽しげに演奏しており子どもたちが集まっていた

「DUST EMPEROR」は、圧縮空気によるピストンで地面を蹴ることで跳躍するお掃除ロボット。GXは工作機械や金属加工のノウハウが社内にないため、多くの部品を3Dプリンターで製作している。また、ベースが「家電」の「お掃除ロボット」であることから、集塵能力を高めたり、稼働時、跳躍時に音声で知らせる機能があったりするなど、飛ぶこと以外にも細部にこだわったマシンだ。


GXの「DUST EMPEROR」。これは番組終了後に作られたレプリカ

つくる~む海老名」は、R社のメイカースペースとその利用者たちによるチーム。メンバーが開発したさまざまな展示物のほか、「魔改造の夜」のペンギンちゃん大縄跳びに出場した「PENTA-X」の展示とデモを行っていた。


Rコーの「PENTA-X」。ギネス世界記録挑戦用に改良されたモデル

残念ながら番組では結果を残すことが出来なかったPENTA-Xだが、チームではその後も改良を継続。最終的には、170回を記録し「一分間に最も多くロボットが縄跳びを跳んだ回数」としてギネス世界記録に認定されている。(参考:リコー、「1分間に最も多くロボットが縄跳びを跳んだ回数 」で170回を記録しギネス世界記録に認定!


「1分間に最も多くロボットが縄跳びを跳んだ回数」でのギネス世界記録認定証

会場では、実際にPENTA-Xでの縄跳びのデモンストレーションを実施。番組収録時よりも改良された結果、“誰でも回せる”ようになっており、実際に一般の来場者のなかには、いきなりペンギンを10回ほど飛ばすことに成功したケースがあった。


開発者によるPENTA-Xのデモンストレーションの様子

なお、弊誌で以前取材した同社の「つくる~む新横」については、事情により現在は閉鎖され、機材などは「つくる~む海老名」に集約されている。「魔改造の夜」への出演によって、改めて「つくる~む海老名」が社内でも知られるようになり、利用者や相談件数などが増えているそうだ。また、番組参加にあたっては、あくまで有志による業務外の活動ではあるものの、その成果は会社からも認められ、Rコーのウェブサイトでも大きくアピールされている。(参考:NHK BSプレミアム 魔改造の夜“Rコー”開発マシンに迫る

以前から、ホウキ型のモビリティなどを「MONO Creator’s Lab」としてMaker Faireに出展していた小林竜太さんは、今回は個人での参加。自身が作り挙げたさまざまな作品を並べていた。そのなかのひとつに、ワンちゃん25メートル走に出場したT社の「魔獣キングスパニエル」があった。モンスターと呼ぶには、あまりにもかわいらしい外観のため、一見してそれとわかりづらいが、たまたまブースの向かい側が「魔改造倶楽部」ということもあって、その存在に気づく来場者も多かった。


T社の「魔獣キングスパニエル」。4つのかわいらしい顔を持っている

「魔獣キングスパニエル」が出場したのは、第1回の放送だったこともあり、当初は番組自体が注目されておらず、小林さんも出演の打診があった際、軽い気持ちで「MONO Creator’s Lab」を中心に社内で面識のあるメンバーだけで出演したしたそうだ。ところが、番組自体が大きな話題となり、回を重ねるごとに注目度も上がってきた。次の出演機会があるならば、全社に声を掛けてオールT社チームで参加したいと語ってくれた。


子どもからおとなまで、皆にモンスターは大人気だった

いずれのモンスターも「作りたい」というメイカー個人のモチベーションではなく、番組のために作られたもの。だが、エンジニアやメイカーが、同じ条件の下で競い合うという機会に恵まれたことにより、それぞれ本気で取り組んで生み出されたものだ。これまでメイカー活動のなかでは利用できなかった設備やリソース、また同じ会社でも面識がなかった部署のメンバーと共同作業することで、いままで知らなかった技術、できなかった作業に接することができ、大いに刺激を受けることが多かったという。

そしてモンスターの製作には、期間が決められており、経験したことがない技術を利用する必要もある。そういう取り組みにおいて、具体化のアイデアを練り、機構を設計し、パーツを製作して、実証するというトライアンドエラーを短期間で行っていくのは、まさにメイカーの独壇場と言える。だから、番組で多くのメイカーを見かけることができたのは、決して偶然ではなく、当然のことなのかもしれない。

例えば、直近の放送では“Sニー”が登場し、Maker Faireの会場で見かけたことがあるメイカーたちが、同社の共創&メイカースペースである「Creative Lounge」にてモンスターの開発を行っている様子が流れていた。また、Maker Faire Tokyo 2022に参加していたある企業の社員であるメイカーは「うちも出たいので、以前から社内調整をしてるんですけど、まだOKが出ない」と非常に悔しそうに話していた。

メイカーやエンジニアが主役となり、社会から広く注目を集め、Maker Faireやメイカーイベントの他にもそんな場が増えていく。「魔改造の夜」と、Maker Faire Tokyo 2022に集まったモンスターたちは、そんな期待を抱かせてくれた。