Other

2022.09.16

“作る” から “作り込む” に変わった時に見えてくるものとは。「パネルディスカッション:モノづくりのためのスタートアップ」— Maker Faire Tokyo 2022 会場レポート #5

Text by Noriko Matsushita

2022年9月3日(土)、Maker Faire Tokyo 2022会場のステージにて、パネルディスカッション「モノづくりのためのスタートアップ」が開催された。パネラーには、Maker Faire Tokyoに出展経験がある起業家から、株式会社ICOMA の生駒 崇光さん、株式会社CuboRexの寺嶋 瑞仁さんと嘉数 正人さん、株式会社モリロボの森 啓史さんが登壇。モデレーターにはライターの青山 祐輔さんが参加し、個人のメイカー活動と会社の事業としてのモノづくりの違いや意識の変化について語った。

生駒さんは、トランクケースサイズから変形するポータブル電源付き折りたたみバイク「タタメルバイク」を開発。2020年に開催されたMaker Faire Tokyo 2020へのコンセプトモデルの出展をきっかけに2021年に株式会社ICOMAを創業し、2023年春の販売を目標に開発を進めている(関連記事)。

寺嶋さんと嘉数さんは、2015年開催のMaker Faire Tokyo 2015に個人として共同出展。その翌年の2016年に寺嶋さんが株式会社CuboRexを起業し、その3年後の2019年に嘉数さんが合流した形だ。同社では、Maker Faire Tokyo 2015に出展したクローラーロボット「キューボ ver.2」をベースにした電動クローラーユニット「CuGo」シリーズと、運搬一輪車の電動化キット「E-Cat Kit」を全国で販売するほか、企業や研究機関との共同開発にも取り組んでいる(関連記事)。

森さんがMaker Faire Tokyoに初めて参加したのは2016年。当時、自動車メーカーで産業用ロボットの開発に携わっていた森さんは、個人の活動としてクレープロボットを開発。クレープロボをお披露目する手段として、Maker Faire Tokyo 2016に出展した。来場者からの反響が大きかったことから市場の可能性を感じて2017年に株式会社モリロボを起業。Maker Faire Tokyo 2018に出展した3色のクレープを焼く「レインボークレープロボットQ」は、くら寿司 原宿店へ導入され、メディアやSNSで話題に。現在は、サーティーワンアイスクリーム、サザコーヒーなど全国15カ所でクレープロボットが稼働している(関連記事)。

起業前→後のモノづくりへの向き合い方の変化

― みなさん共通して「作りたい」という思いから起業されていますが、会社になった今も作りたいものは作れていますか?

寺嶋:私が起業した理由が大学院で研究したかったテーマを実現したいがためだったので、会社を立ち上げてからも大学の研究や部活動の延長線上、という感覚でした。会社としての意識が強くなったのは、3年前の第2創業以降ですね。

嘉数:3年前と言っていましたが、私から見ると、意識が変わったのはごく最近ですね(笑)。製品が世に出て、ユーザーが増えてくると、会社としての責任感が芽生えてきた印象です。


CuboRexさんのお2人はともに学生起業。事業経営の難しさに戸惑いは多かったようだ

― モリロボさんの「クレープロボットQ」は、実際に飲食大手に導入されています。食に関わる製品としての責任、意識の変化はありましたか。

森:自身の負担としては、サラリーマン時代よりも精神的には楽になりました。自動車は製造にミスがあると人の生死につながります。会社員時代は上から責任を持たされると断れないため、自分の限界の60~70%の力でやるようにしていました。今は100%、120%の力でやっています。そうでないとお金にならないというのもありますが、ダイレクトにお客様から反応があるので楽しいです。


森さん(左)は2016年のMaker Faire Tokyo 2016が初出展。反響から手応えを感じて起業を決意したそう

― 自分が好きなことをやっている、というモチベーションは大きいですね。

生駒:僕の場合は逆に、玩具メーカーから原付バイクなので、めちゃくちゃハードルが高い。ただ、まだ開発中なので、売るまでは失敗してもいいかな、と思っています。正直、メディアで紹介されるたびに「売ってほしい」との問い合わせがたくさんきます。すでにナンバーを付けて走れるモデルもありますが、安全性などの課題をクリアするまでは、1台も売らないし、クラウドファンディングもやりません。趣味の延長上と違うのは、会社としてやり始めると、みなさんが本気だと思ってくれるので、真剣にコメントをくれること。Maker Faire Tokyoに個人で出展しても、悪いことは指摘してくれない。会社にするとシビアな意見がしっかりもらえるのがいいところだと思います。


タタメルバイクの着想から起業までの経緯

― 発表する場は同じMaker Faire Tokyoでも、個人から企業へと立場が変わることで、お客さんからのフィードバックが変わってくるわけですね。でも厳しい意見がくると、落ち込みませんか?

寺嶋:お客さんからのフィードバックは、ありがたいという気持ちしかないですね。弊社の製品は買ってすぐに使えるものではなく、ユーザーさんが使い込み、作り込むものです。いわばスマホのように、お客さんごとに使い方は千差万別。数百人の開発仲間がいるようなもので、フィードバックで改善サイクルがすごく回っています。

森:弊社のクレープロボットは、市販の家電製品に比べると信頼性が低くてすぐに壊れるんです。納品する前には必ず「この機械は壊れます」と正直に伝えています。その代わりに日本中どこでも24時間以内にかけつけて復旧させる、という条件で購入してもらっています。寺嶋さんと同じで、うちにとっては大事なテストなんですよね。自社ではとてもできない回数、手荒い扱いをしてくれるので、壊れた部分を直せば品質は確実に向上します。お客さんにお金をいただきながら、耐久テストをしてもらっているようなものです。

― 製品化したことで責任を持ったモノづくりへとフィードバックを活かされているんですね。

寺嶋:個人では“作る”ことはできても“作り込む”まではいかない。そこが個人と会社との大きな差でしょうね。

経営とモノづくりのバランスをどのようにとっていくか

― 起業して辛かったことはありますか。

寺嶋:一番ショックだったのは、クラウドファンディングの失敗ですね。起業したばかりのころは、“自分はすごいものを作っている”、“世の中にインパクトが起きるのは間違いない”と信じていたのが、ぜんぜんダメだったんです。鼻を折られて、いいモノづくりには主観的な評価だけではダメだと思いました。

生駒:僕は出自がデザイナーなので、エンジニアさんと違ってユーザーからの反応を見ながらものづくりをします。デザインのコンセプトがユーザーさんに受け入れられたから製品化する、という方向性なので、逆に初動は良かったですね。ただ、モビリティは命に関わるものなのでリスクも大きい。創業するかどうかを決断するまでは共同創業者とけっこう議論しました。

― 経営面の難しさ、モノづくりだけに注力できない、経営者としての身の置きどころも悩み深そうですね。

嘉数:たくさん製品を売って大きくすると、組織化が必要になります。社員5人のころはやりたいことをやっていればよかったのですが、今は従業員が20人を超えたので組織化を粘り強くやらなければいけないフェーズになってきました。メイカー活動の空気から、会社組織としての空気に社内が変わりつつあり、我々も試行錯誤しているところです。

寺嶋:そこは悩みどころで、経営者として自分の立ち位置を模索しているところです。実務を離れても旗印として示し続けることは代表の役割だと意識しています。

森:うちはまだ従業員3人と少ないので仲間意識が強くて気楽ですね。今は私が営業、設計、生産、アフターサービスをやっていて、時間的にも体力的にも厳しいので、これからもっと人を増やしていくつもりです。ただ、モノづくりには常に携わっていきたい。開発から外れるくらいなら、経営から外れるでしょうね。

― 起業後に予想外の出来事、アクシデントがあれば教えてください。

生駒:ものづくりは偶発的だと思っています。僕はここ6年間で20名のハードウェアスタートアップが100名以上に成長するのを2回経験してきました。ハードウェアは本当に予測不可能なところが多くて、想定とは違うものになっていたり、スゴイものができちゃったりすることもある。僕もこのバイクを作ることになるとは思っていませんでしたし。いいこと、悪いことを含めて偶発的なことを楽しく受け止めて、前向きに進める人が向いていると思います。スタートアップは荒波にもまれるのが前提なので。

森:お客さんの予想外の使われ方に驚かされることが多いですね。単にクレープ屋さんの仕事が楽になれば、と思っていたのが、くら寿司さんからは『見映えのする新しいクレープを作りたい』と言われたり。沖縄のしまねこクレープさんでは障害者の支援につながったり。お客さんが可能性を広げてくれて、びっくりさせられます。

嘉数:実際に製品を販売して気が付いたのは、売れるものと技術力の高さは違うということ。いろいろな意見がもらえるのですが、その中から役に立つ意見を選別して取り入れるスキルが必要だな、と感じています。

寺嶋:アーリーアダプターの選定は難しいですね。例えば、高齢者向けに販売した製品が若手にしか導入されなかったり。新しいものを高齢者が率先して導入することはない、というのは経験してわかったことです。

― 最後にこれから起業を考えているメイカーの方にアドバイスを。

森:Maker Faire Tokyoへの出展は、“忖度”のない会場でお客さんの目を惹き、心をつかめるかを知る本当にいい機会でした。かつ、2日間動かし続ける耐久試験の場にもなるので、世に出したいものがあれば、どんどん作り込んでMaker Faire Tokyoに出していきましょう。

嘉数:弊社も今回プロトタイプの製品をいくつか出展して、そのうちの1個が調子が悪くなったりしました。個人メイカーと会社のメーカーとの垣根は意外と小さいです。もし起業を考えているなら、転職前提でいいので、ぜひうちの会社に就職してみてください。

寺嶋:作りたいものを作っているのはすごく素晴らしいこと。だからこそ、その先の作り込む、まで意識してもらえるとうれしい。その先で得られる幸せな世界、豊かな世界があります。

生駒:Maker Faire Tokyoは、自由なお祭り。メイカーとしての目標値はそれぞれ自由なので、ぜんぜん売る気はなく、単純に楽しいから趣味で作っている人もいっぱいいて、それこそがMaker Faireの面白さだと思っています。起業したい人にとっては、Maker Faire Tokyoは本当に正直な場なので、最初にお披露目するにはすごくいいと思います。ぜひみなさん、いろいろなマインドでものづくりをして出展していただければ、と思います。