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2023.07.12

初期「Make:」誌のコントリビューターであるエンジニアによる『すべてを電化せよ!― 科学と実現可能な技術に基づく脱炭素化のアクションプラン』は、7月26日発売! 必読の訳者あとがきを公開します

Text by editor

本書は、近年の異常気象や海面上昇などで、大きな問題になっている気候変動(地球温暖化)の解決策として、「すべてのエネルギーを電化する」ことを提案し、そのための具体的な行動計画を解説する書籍です。まず、米国のデータを元にすべてのエネルギーの流れを詳細に分析・図解することにより、すべてを電化することで、必要なエネルギーは現在の約1/2になることを紹介。太陽光発電や風力発電など、すでに存在する技術の量産・改良にすべてのリソースを投入し、金融サポート、規制撤廃を行い、新たにインターネットのようなオープンな送電網を作り上げることで、それが現実になることを解説します。


●書籍概要

Saul Griffith 著、鴨澤 眞夫 訳
2023年07月26日 発売予定
396ページ
ISBN978-4-8144-0015-7
定価2,860円

◎全国の有名書店、Amazon.co.jpにて予約受付中です。
◎目次などの詳細は「O’Reilly Japan – すべてを電化せよ!」をご参照ください。

●訳者あとがき

本書はソール・グリフィス“Electrify”の訳書である。やっと出版にこぎつけられてうれしい。

著者ソール・グリフィス(Saul Griffith)はオーストラリア出身のアメリカ人で、変人だ。彼のホームページ(https://www.saulgriffith.com/)の写真を見ていただければわかりやすいと思うが、弊衣蓬髪に髭をたくわえ、日に焼けたぶっとい腕を組んで優しげな目で微笑む姿は荒野から来た野蛮人にしか見えない。

ところが彼はMITでPh.Dを得たエンジニアであり、科学者であり、成功したシリアルアントレプレナーだ。創業企業の中にはグーグルから出資され、最終的には買収された巨大凧による発電企業のマカニパワー(Macani Power。エンガジェットやギズモードで見たことがある人も多いだろう)なども含まれ、現在は2019年に共同創業したリワイヤリング・アメリカ(Rewiring America。これもEVの充電価格比較などでよく目にするポピュラーな会社だ)のチーフサイエンティストである。

本書の論点は非常に明確だ。1:CO2削減は待ったなしで、現在のペースでは実はまったく追いつかない。2:使用エネルギーをすべて電気にすれば早期のゼロ排出が達成可能。3:その実現に必要なものは量産体制の構築と金融的サポート。4:これらすべてに早期の政策変更が必要であり、社会的働きかけが重要。この4点である。

グリフィスのとてつもなく非凡なところは、本を書いて提言するだけではなく、実現のための活動をおこなう企業(リワイヤリング・アメリカ、リワイヤリング・オーストラリアなど)を創業し、成功させ、ジョー・バイデンの気候アドバイザーとして実際に政策に影響を与えたことだ。「日本語版への序文」にもある通り、バイデン政権の目玉政策の1つ、米国内の再生可能エネルギー開発に強烈な予算を投入するインフレ低減法(Inflation Reduction Act of 2022)は、ほぼほぼ「すべてを電化せよ法」である。

本書は上記の4点について、理解に必要なサイエンスやエネルギーの統計、こうした規模の大胆な構想が実現可能であることを示す歴史的事例を紹介している。非常に幅広く、しかもきちんとしたサイエンスやエンジニアリングを踏まえており、引用文献も興味深い。

訳出する上で、ぜひ紹介したいと考えた部分は多い。たとえば、現在の各国のCO2削減
の取り組みさえも、大気CO2捕集のような夢の技術の実現を前提とした甘いものであり、このままでは2℃目標ですら達成不能であろうことはもっと知られてよい。完全電化によって人類が必要とするエネルギーが半分になることも知られるべきだし、家計のエネルギー支出が激減して個人個人の生活が楽になることも知られてほしい。

実際のデータも非常に興味深い。たとえば、地球やアメリカのエネルギーフロー全体を見せたサンキー図だ。エネルギーの流れ全体を見通すことなしにエネルギー戦略を考えることはできないし、それが見えれば解は自然に導かれる。地道な統計と基礎科学が示すデータがこうした可視化を可能にしているのだが、これを収集してまとめたのも、グリフィスの創設したアザーラボ(Otherlab)である。

化石燃料の探査、採掘、運送が全体の統計に現れるほどエネルギーを消費しているなんて想像もつかなかった。そして廃熱として失われるエネルギーの量ときたら! これらは化石燃料が膨大な質量を持ち、熱という形でしかエネルギーを取り出せないことから来る構造的な非効率だ。化石燃料をやめて地産地消の再生可能エネルギーを中心とした電力に転換すれば、エネルギーは信じられないほど大幅に節約できるのである。

そして本書で扱っているのは、こうした大きな話題だけではない。もっともっとささやかな、家計のエネルギーコスト削減のような細かい話題も外れがない。家計に関連するのはソーラーパネルやバッテリーだが、私(訳者)が自宅にソーラーパネルを導入するに至ったのも、そのコスト計算や将来の見通しについて方法が示され、納得が行ったからだ。

配電コストがかからない屋根上ソーラーがオーストラリアで、すでにグリッドパリティ、つまり配電網から買うよりも電気代が安くなっていることは、本書でも取り上げられている。ここで私が考えたのは、コストは年々低下しているのだから、電気代の上がった日本でもすでに実現しているのでは、ということだ。

それは正しかった。というか、思っていたよりはるかに正しかった。自分で電気工事士の免許を取って配線し、架台も溶接で自作するというあまり普通でない方法ではあるものの、6kW(キロワット)ほどのソーラーパネルにハイブリッドインバータ、15kWh(キロワット時)のリン酸鉄リチウムバッテリー(4000回の充放電に耐える安価なバッテリー)を含めた導入コストは100万円以下でしかなく、これで電気代が無料になることがわかった。これまで払っていた電気料金で4年以内に元が取れる額だ。

考えてみてほしい。この投資は、単利とはいえ年利25%だ。4年で回収できてその後も同率でお金を生み続ける100万円を出したくない人なんかいない。たとえ工事費の外注などでコストが2倍になったとしても、8年で回収できるのだ。

これに違和感を持つ人もいるかもしれない。日本の再生可能エネルギーの普及って、固定価格買取制度(FIT)の縮小とともに萎んでしまったんじゃないですか、と。

それは違う。再生可能エネルギーのFITが導入されたのは、当時の初期コストが非常に高く、回収の見通しを確実にする必要があったからだ。FITによって量産規模が確保され、初期コストが下がってしまえば、その後はさらに有利な取引になるのである。今後はむしろ圧倒的に流行するだろう。

そしてグリフィスの目は、そんな有利な投資から締め出されている人たちにも注がれている。彼の提唱する政策のもうひとつの柱は、低利の担保融資制度である。収入が生活をぎりぎり回せる分しかない人たちでも低利の新規融資が受けられればパネルが載せられる。彼は言う。「半分の人にしか買えないもので気候問題を解決することはできない」と。

さあ、強烈な量産体制を整えてメイド・イン・アメリカのソーラーパネルとバッテリーと発電風車を(第二次大戦当時のリバティ船のように)ありあまるほど大量かつ安価に生産し、金融制度で誰もが買えるようにした上で、その据付とメンテナンスで膨大な雇用を生み、さらに長距離送電の強化と末端消費者も公平に電気をやり取りできる配電システムの開発により、大陸全体を使って系統安定する。これが数字で裏打ちされたグリフィスの構想であり、アメリカがいまやっていることである。

本書にはこうした「アメリカの方法」が、歴史的なものも含めてすべて書かれている。引用文献リストも省略することなくすべて掲載した。中身が知りたいと思わないだろうか。

余談になるが、自分でソーラーとバッテリーを導入してみて実感したことのひとつに、グリフィスがごく軽くしか触れていなかった重要な事実がある。

つまり、ソーラーパネルやバッテリーは今や本当に安く、しかもさらに安くなるので、エネルギーは無料に近づき、使い放題になっていくということだ。本書では再生可能エネルギーを過剰設備状態にすることで系統安定させるという話がちらっと書いてあるだけなのだが、無料に近い豊富なエネルギーは人類の行動に国家レベルの変容をもたらす可能性がある。

なぜそうなるか。人類の課題の大部分は、エネルギーが使い放題になれば解決するからだ。

たとえばジェット燃料について考えてみよう。長距離航空を実現できるほどエネルギー密度が高く、燃焼により得られる推進力がきわめて大きいジェット燃料は電動化が困難なエネルギーであり、化石燃料を必然的に使用することになるので、飛行機旅行は環境に悪いとされてきた。しかし、無料の電気を使って水素を作り、そこから改質して作ったジェット燃料を使えばどうだろうか。クリーンなジェット燃料が安価に作れるのではないか。

こうした「合成燃料」は現在きわめて高価だ。しかしそれは現在のエネルギー価格を前提としたコスト体系が高価であるというだけのことで、改善の余地は山ほどある。現代社会では原油価格の上昇がGDP成長率の低下すらもたらすが、これは運輸、電力をはじめとするあらゆるコストに石油価格が何重にも反映されているためだ。

石油が担っていた一次エネルギーを無料の電気で置き換えれば、それは逆転する。あらゆるものが安価になる。水素エネルギーの効率が悪いのも、化学プロセスが高価なのも、すべてエネルギーのコストを反映しているからだと考えれば、クリーンな合成燃料を石油由来のケロシンのように安価にすることも可能かもしれないのだ。

エネルギーがさらに安価になれば、金属のリサイクルに溶融電気分解が気軽に使えるようになる。あらゆる元素を海水から回収できる。ある方法が経済的か否かは相対コストによって決まるので一概には言えないものの、だいたいのことが以前より気軽にできるようになる。それはユートピアにきわめて近いと訳者は思う。

そんなわけで、訳者が付け加えたい本書の実感的な読み方は次のとおりだ。1:すべてを電化せよ。2:その電気代をタダにせよ。3:使い放題になった電気で遊べ。である。ここまでやると、温暖化が止まり、エネルギーが無料になった未来が容易に実感できるようになる。

それはなんと豊かな世界だろうか。

人類の未来は明るく、それは先取りできるのである。