2013.11.06
Dr. シリコーン(私がどうやって思い悩むのをやめたか、そしていかにシロキサ結合を愛しているか)
編集者より:Samantha Roseはデザイナーとしての教育を受けた人物で、素材科学者ではない。しかし彼女はニッチな市場を発見し、その穴を埋めるべきだと考え、本物のMakerらしく、素材と製造に必要な事柄を必死に勉強した。私たちはWorld Maker Faire New Yorkで彼女と会い、彼女がプロのMakerとなるまでの話を聞くことができた。
私はキッチンの引き出しから「ヘラ」を出そうとした。なぜだか7つか8つあって、そこから選ぶことになった。みなさんも、引き出しの中はこんな感じだと思う。シリコンの縁のヘラに、プラスティックが付いたもの、ハンドルが木製のものに、金属製、プラスティック製、竹製など。それらを見比べたが、どれもしっくり来ない。どうしてだろう。7つもヘラがあるのに、使いたい物がひとつもない。
私はひとつを手に取った。シリコン製のやつだ。柔軟で、熱に強くて、カラフルだ。木製のハンドルは焦げて、食洗機で曲がってしまった。私はヘラ部分をハンドルから引き抜いた。すると、前回使ったときに入り込んだ食材が乾いて出てきた。私は思った。「なんで一体型にしないんだろう」と。
答は一体型のシリコン製ヘラだ。コンロの火で焦げたり溶けたりしないし、食洗機の中で曲がったりもしない。一体型ならシームレスで強くて、洗いやすい。しかし、当時はそんなものはなかった。方々の店を探し回ったが、見つからなかった。今から思えば、それは価格の問題だったようだ。製造コストが高すぎたのだ。というか、もしかしたら、それを作ろうと真剣に考えた人がいなかったのかもしれない。とにかく、私はそれが欲しかった。作りたくなった。
それから2年をかけて、シリコンとヘラに関する知識を集めた。永久に使えるヘラを作りたかった。食品医薬品局が認可した食器グレードのシリコンで、高い耐火性のあるものだ(うまくできたら友人や家族にプレゼントしようなどと考えながら、私は家でいくつかプロトタイプを作ってみたが、うまくできたが、仕上げは今ひとつだった)。プロに作らせようと決断したとき、面白い疑問がわいた。ヘラの柔軟性が、どうしたら最適になるか? バランスをよくして、熱を逃がしやすくするには、芯にどんな素材を使えばよいか? そしていちばんの疑問は、どれだけ耐熱性を持たせられるか、だった。
研究開発が進むにつれて、食品安全性のあるシリコンの耐熱性に関する疑問に、私は引き込まれていった。ある調理器具のパッケージには350°F(約175°C)以下と書いてあり、別のメーカーの器具は800°F(約420°C)まで大丈夫だと書いてある。600°F、650°F、700°Fといった温度を提示している製品が数十種類ある。温度の幅がありすぎて混乱している。結局、今私はシリコンの専門家なのでよくわかるのだけど、食品医薬品局の規定に合格する食品安全性のあるシリコンを作るための「材料」がかぎられているのだ。間違った材料を加えれば、高温に耐えるエラストマーができるが、スクランブルドエッグよりもジェット燃料を混ぜるのに適したものになってしまう。
私は本を読み、Googleで検索し、さらに本を読んで、手に入る範囲での最高の材料を探した。シリコンの性質に詳しく、理論でも実践でも素晴らしい知識を持つ学者に何人も会って話を聞いたりもした。私はサンプルを研究所に送ってテストしてもらった。
耐熱性エラストマーの背後にある化学は美しい。おそらく、Robert A. Rheinのような人たちの独壇場だ。彼は、カリフォルニア州チャイナレイクの海軍兵器センターで詳しい報告書を書いている。前の文章から推測できると思うが、彼は正真正銘のロケット科学者だ。彼の42ページにのぼる報告書には、シリコンエラストマーの、不活性気体中、大気中、水の存在下での(当然、それぞれ結果が異なる)耐熱性のテストの結果が書かれている。この報告書は私のバイブルとなり、これが「シリコン製品の耐熱温度が500°F以上と謳っている家庭雑貨メーカーは完全に間違っている」という結果へと導いてくれたのだ。
ここで、「安定度」と「反応度」について指摘しておきたい。不活性気体でのテストではシリコン自身の「安定度」が測られるのだが、実際の使用時には、おもに酸素と水に対する「反応度」が問題になる。木のヘラが焦げるのは、長時間酸素と接触したために酸素と反応するからだ。木が崩壊してガスを発生させる。そのガスが酸素と結合する。これが燃えるときの化学反応だ。不活性気体(アルゴンや窒素)の中でのテストでは再現可能な管理された測定ができるが、それだけでは、どんな素材も、安全な使用温度を測ることができない。理論的には、不活性気体でのテストは高めの結果が出る。安定度はわかるが、反応度はわからない。ひとりのナードとして、私はその結果に魅力を感じるが、家で料理するときには役に立たないデータだ。
現実の調理環境(つまり、研究室の不活性気体の実験装置の外)では、実際の食品用シリコンの耐熱温度は低くなる。長く熱に当たる場合で400°F台半ば(230°C前後)、瞬間的な熱の場合で525°F(約273°C)あたりなら大丈夫となる。550°F(約288°C)を超えると急速に劣化する。分子レベルでは、ポリマー鎖が変化し、ガスが発生する。マクロのレベルでは、色や手触りが恒久的に変化し、崩壊しやすくなる。986°F(約530°C)では、酸素にさらされていたサンプルは完全に分解してしまった。残ったのは、変化したポリマーの残骸とガスだけだ。
ではなぜ、高い温度を提示するメーカーがあるのか。それはマーケティングの問題だ。不活性気体の中でテストをすれば、高い値が出る。パッケージに何を書くかを決断する普段は善良なマーケティング担当重役にそれが示された、憶測できる。数字は大きいほうがいい。しかし、アルゴンガスではなく酸素に満たされ火も近いキッチンでそれを使う消費者には、公平な数字ではない。公平なデータはこうだ。私たちはみな、同じシリコンを使っている。食品安全基準を満たしたシリコンには、限られた材料しかない。そのため、性質にあまり差は出なくなる。すべての製品の耐熱温度の上限は、450°Fから535°Fの間となる。これはキッチンの環境での値だ。一定時間熱に当たるなど、いろいろな要素も加わっている。
GIR(Get It Right)では、公式な耐熱温度を464°F(240°C)と公表した。控えめな数値だ。熱以外の影響がなく瞬間的なら525°Fまで大丈夫なのだが、長時間熱に当たっていたり、乱暴な使い方をすること考えて、私たちの「壊れにくい」ヘラの体熱温度は464°Fが信頼性の高い限界値であると決めた。これは制限速度みたいなものだと私は考えることにしている。安全に使うためのガイドラインだ。464°F以下で使っていれば、火から離れてタマネギを刻んで、戻ってきたときに、火傷の心配なくヘラを握れる。制限速度に挑むのもよいが、それには相応の注意が必要になる。ちなみに、油の発火温度はこれよりもずっと低い。現実的な話、それほどの熱を加えたら、このヘラが変質する以前に、ディナーが台無しになる。
シリコンの研究に深くのめり込んだおかげで、私たちの製品のデザインと製造プロセスに必要な情報は完璧に揃えることができた。それだけではない。マーケティングという面白いチャレンジをもたらしてくれた。そこでは、教室でひとりだけ課題図書を読み終えた人みたいな感じにはならない。とくに、答につかみどころがなく、長時間の調査を要する場合はそうだ。私の中の商売人は、ヘラの耐熱温度を600°Fにしがたっている。しかしそれは不可能だ。そんなにうまくいくものではない。もし、パッケージに600°Fと書いてある製品を見ても、買ってはいけない。最高科学責任者としてのサマンサに聞けば、科学が常に勝つと言うだろう。そして、箱書きを丸ごと信じてはいけないと(ロケット科学者が書いたのなら別)。
私たちは今、新しい製品を開発している。ヘラを超えて、キッチンからも飛び出した。私たちのベンチャーの資金を得るために、また私たちのことを知ってもらうために、KickstarterでMini、Skinny、Proの3つのヘラのキャンペーンを開始したのだ。私たちは、フライパン返し、スプーン、スクレイパーと品目を増やす予定だ。どれもとても頑丈で、そしてもちろん、464°Fの耐熱温度を誇る。私の研究によれば、そうなるはずだ。
「自己学習をハックする」といのが、今ホットな言葉になっている。私がシリコンの専門家になれたのも、まさにそれだ。まず、楽しむことを忘れなかった。いろいろなソースから知識を引き出し、検索の効率性と特異性に注目した。明確な答がないように思えた場合も、私はあきらめなかった。質問を出し続けた。知識に目的を与えるために、そして創造へつなげるために、すべてを手で触れるもの、作れるものに関連付けていった。電話もした。Rhein博士はカリフォルニアで幸せな引退生活を送っている。彼は私にこう言ってくれた。私は正しいと。
– Samantha Rose
[原文]