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2018.03.28

小商い(スモールビジネス)をmakeする — COFFEE&CO. 代表 岡田裕二さんインタビュー

Text by guest

編集部から:この記事は、小林茂さん(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]産業文化研究センター 教授)に取材・執筆・撮影していただきました。


読者の中で日常的にコーヒーを飲むという人は多いだろう。なんとなく飲むという方から、焙煎やドリップ、シングルオリジンのコーヒー農家について何時間でも語れるという方まで、一口にコーヒーを飲むと言っても様々な関わり方があるだろう。そうしたさまざまな関わり方のあるコーヒーという世界において、スペシャルティコーヒーのオーダーメイド焙煎専門店という新しいビジネスを立ち上げたメイカーがいる。COFFEE&CO.とはどんなビジネスで、どのようにして生まれ、どんな可能性を感じているのかについて、代表の岡田裕二さんに静岡県三島市の「Roasting Lab」で話を聞いた。

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COFFEE&CO.代表の岡田裕二さん

オリジナルのブレンドコーヒーを見つけるワークショップでの体験がコーヒー経験をつくりだす

Roasting Labは、三嶋大社が有名で水の都としても知られる静岡県三島市にある。三島駅のすぐ南にある市立公園「楽寿園」を起点とする農業用水路「源兵衛川」の水の散歩道を20分ほど散策して行った先の静かな住宅街の中に突如として現れるビンテージトレーラー(AIRSTREAM)がそれである。銀色に光り輝く宇宙船のようなトレーラーの中に入ると、コーヒー豆の焙煎機やドリップのための様々な器具、3Dプリンターやレーザー加工機が凝縮された空間が目に入ってくる。

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Roasting Labの外観

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Roasting Lab内部の様子(360°撮影)>> 操作できる画像へのリンク

岡田さんは、このRoasting Labでオリジナルのブレンドコーヒーを見つけるワークショップを体験させてくれた。このワークショップでは、アフリカ、アジア、アメリカという3つの大陸を産地とするスペシャルティコーヒーのコーヒー豆をブレンドして自分の好きなブレンドをつくり、その場で焙煎してドリップするところまでを約1時間半で体験する。

日常的にコーヒーを飲んでいる人でも、自分でどのコーヒーが好きなのかを明確に述べられる人は少ないのではないだろうか。私もそうした中の一人である。このワークショップでは3つの段階を経て自分の好きなブレンドを見つけていく。まず、3つの産地から選ばれたスペシャルティコーヒーのそれぞれについて、焙煎した豆を挽いた直後の状態、お湯を入れた状態、お湯の中に浮かんだ粉を取り除いた状態で、それぞれの香りと味についての印象をワークシートに記入する(これを「カッピング」という)。次に、3つの味をブレンドして自分の好みに最も合う組み合わせを見つけていく。最後に、その割合に従って豆をミックスしたものを焙煎し、それをドリップしたものを飲んでみるのである。

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ワークショップで使用する器具とワークシート

実際にこのワークショップを体験してみると、3つの産地それぞれの香りや味の違いは分かるものの、それを言語化するのはかなり難しく、普段使っていない感覚が刺激された。また、ブレンドすることにより、それぞれ単独で飲んだ時に感じていた特徴の角が取れる場合もあれば、逆にその特徴が際立つこともあることに驚いた。私自身はこうしたワークショップを体験するのは初めてだったが、これは岡田さんオリジナルのものなのだろうか。

「カッピングというのは鑑定士というプロにとってはポピュラーで、それぞれの豆を鑑定する目的で使われるんです。ただ、最後に白いカップに入れてブレンドを作っていただくというところは、ほとんどやられていないと思うんです。こうやってカッピングでブレンドをつくっていく、というのはウチのオリジナルです」

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岡田さんは、以前からコーヒーのブレンドをもっと身近にしたいと思っていたという。「とりあえずホット」や「とりあえずブレンド」という形で提供されるコーヒーをそのまま飲むこととは対極の考え方として、サードウェーブというムーブメントの中では、自分で農園を選ぶシングルオリジンという考え方が知られるようになっている。しかしながら、シングルオリジンまでいくと急に難しく感じてしまう人もいるだろう。そこまではついて行けないという人々のためにもう少し身近にする方法を考えていた岡田さんは、鑑定士の資格を取得するためにカッピングをきちんと学ぶ中で、それを応用したブレンドワークショップというアイデアに至ったという。

このワークショップで作ったブレンドは、その場でお土産として持って帰れるだけでなく、後からウェブサイト上で注文することができる。注文を受けるとRoasting Labで焙煎され、新鮮な状態の豆が届けられる。また、他の参加者が作ったブレンドの中で自分が気になったものがあれば、それを注文することもできる。岡田さんが「ワークショップを受けていただいた方は、大体は帰るころになると豆の選び方がイメージできるようになる」と話すように、自分自身でスペシャルティコーヒーのオリジナルブレンドというプロダクトをmakeしたという体験は、コーヒーに対する解像度を上げ、その後の関わりを変えるような経験となる。

ところで、このスペシャルティコーヒーのオーダーメイド焙煎専門店という新しいビジネスを立ち上げた岡田さんは、実は日本のメイカームーブメントの中で重要な役割を果たしてきた。

メイカームーブメントに参加したことをきっかけに「ギヤチェンジ」

この記事の読者の中には、2015年11月7日に日本科学未来館で「オープンイノベーション」をテーマに開催されたカンファレンス「MakerCon 2015」のセッション、「半導体メーカーとメイカーの新しい生態系」の登壇者として岡田さんを見た方がいるかもしれない。当時、半導体商社「株式会社マクニカ」のイノベーション推進統括部でメイカー向け事業を展開する責任者という立場で登壇した岡田さんは、メイカー向けのサービス「Mpression for Makers」を立ち上げた経緯や展望について話をした。

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MakerCon 2015に登壇した岡田さん

岡田さんは、2013年10月に開催された短期間にチームでIoTプロダクトをつくるイベント「konashi-Make-a-thon 2」に参加したことがきっかけでメイカームーブメントの可能性を感じ、メイカー向けのサービスを立ち上げるに至った。そもそも、岡田さんがメイカームーブメントに興味を持ったきっかけは何だったのだろうか。

「Make: Tokyo Meetingとして東工大で開催されていた時にも個人的に行ってたので、メイカームーブメントに興味を持ったのはそのころです。あのイベント(konashi-Make-a-thon 2)のちょっと前にChris Andersonの『MAKERS』が出たこともあって、仕事としても取り組んで行かなければいけないだろうな、というテーマを持って参加しました。あの辺でメイカームーブメントというものがクリアになってきたって感じですね」

マクニカは、2016年2月のMpression for Makersに続いて、2017年5月にはMouser Electronicsとの戦略的提携を発表し、試作から量産までをサポートする体制ができた。これにより、かつては一定規模の企業同士の取引でしか入手できなかったような最新の半導体を、メイカーでも1個から入手できるような扉がまたひとつ開かれた。こうした新規事業の中心にいたのが岡田さんである。

もしかすると、そうした方が半導体商社を辞めてスペシャルティコーヒーの焙煎を始めた、と聞くといわゆる「脱サラ」のように思う方もいるかもしれない。私自身も、岡田さんからCOFFEE&CO.を始めるという連絡を受けたときにはかなり驚いた。しかしながら、詳しくお話を聞いてみると、岡田さんの新たな挑戦はメイカームーブメントと密接に関連していた。半導体商社を辞めて小商いを始めようと思ったきっかけについて、岡田さんは次のように語ってくれた。

「まさにギヤチェンジですよね。20年仕事して、(定年まで)まだあと20年あるというタイミングで、『小商い』(スモールビジネス)はやっておくべきだと思ったんです。「自分でお金を回すということはこれからのためにやっぱり必須だ」と思ったのが一番大きかったですね。江戸時代も含めて、戦前の時代はみんな小商いで食べていて、サラリーマンで食べているのはこの二世代くらいのものだといいますよね。会社組織や企業の限界がいろいろな面で指摘されていて、個人でもプロジェクトでもできるという時に、企業の意味って何だっけ、と。メイカームーブメントは、本来はそういう文脈も含んでるのかなと個人的には思っているんです。みんなが『使い手』ではなくて『作り手』になるみたいなことって、コーヒーのように身近なものでもつくれるんじゃないか、というのが仮説なんです」

ハードウェアをつくるメイカーを支援するためのサービスを立ち上げてきた岡田さんは、ハードウェア以外におけるメイカームーブメントの新たな可能性を切り拓こうとしている。

ハードウェア以外の小商いをmakeすることはメイカームーブメントの新たな可能性を切り拓く

Roasting Labは、岡田さんの視点に基づいたプロトタイピングを可能にする場所だ。一番目を引くのは、奥に設置されている小型焙煎機だろう。ワークショップでも大活躍していたこの焙煎機は、京都の産業機器メーカー「ダイイチデンシ株式会社」のNOVO MARKⅡである。100グラムから1キログラムまで焙煎でき、直火式ではなく電熱による熱風式で、温度コントロールを最大100パターンまで設定できる。ブレンドをmakeするという体験を実現したいと考えていた岡田さんは、ある店舗に入っていたこの焙煎機にたまたま出会って興味を持ったという。この焙煎機を選んだ理由について岡田さんは次のように語ってくれた。

「直火ではなく熱風で焙煎するのであまり焦げ臭さが出ないんです。炭火焙煎が好きだという方にとってはちょっと物足りないかもしれませんけど、ブレンドするので比較的豆の素性がしっかり出た方がいいというのがあってこれを選びました。あとは電子制御できるので後々面白くなりそうだと。これは全国に100台くらい納入されているらしいんですけど、それらを全部ネットワークでつないだら面白いですよね。ここ(Roasting Lab)で受注して九州のお客さんにデータを飛ばしてそっちで焙煎、という可能性も見えて来ますよね。3Dプリンターなどデジタルファブリケーションでは必要とする人に近いところで出力します。これもその文脈なんですよね。そのうち保証が切れたらハックしてIoT化して何でもできるようにしようと(笑)」

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100グラムから焙煎できる電子制御の焙煎機

自分でIoT化することまで視野に入れているというのは、メイカームーブメントをよく知る岡田さんならではの視点である。IoT以前としてで見ても、100グラムという少量から焙煎でき、電子制御できる焙煎機があることにより、プロトタイピングを高速に行うことができる。短期間で新しいブレンドを開発できることから、お店で出すブレンドをつくりたいというB2Bの相談や、結婚式の引出物にオリジナルのブレンドでドリップバッグをつくりたいという個人からの相談などを通じて、さまざまな可能性が見えてきているという。

さらに、あらためてRoasting Labの中をよく見ると、カウンターの対面には小型で低価格のレーザー加工機「FABOOL Laser Mini」と同じく小型で低価格の3Dプリンター「ダヴィンチ Jr. 2.0 Mix」が設置されている。この空間は、岡田さんがKickstarterで支援したレーザー加工機「Glowforge」のサイズにぴったり合わせてあるという。クラウドファンディングにありがちな遅延のためにまだ入手できていないが、カメラで位置合わせをしてくれて、パッケージを入れるだけで加工してくれるという、これまでのレーザー加工機とは違う洗練された機能に惹かれたという。そのGlowforgeが到着するのを待つ間にも、FABOOLはプロトタイピングで活躍している。

「段ボールぐらいならカットできるので、これ(焙煎した豆を入れる箱)をつくるときのプロトタイプはFABOOLでつくっています。既製品の箱じゃなくてこういう風に折り込みたい、なぜならこういう感覚を得たいからだよね、っていう説明はビジネスサイドからもあるし、デザインサイドからもあるんですけど、そこにはよくいわれるプロトタイプの力がありますよね」

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小型レーザー加工機「FABOOL」とプロダクトを発送するためのパッケージ類

現在はあくまでコーヒーの焙煎が主体だが、コーヒーのビジネスが立ち上がった後は、工房的な活用も検討しているという。その時にも、あくまでコーヒーというリアルなプロダクトが前提となり、そこに「ファブを掛け算すること」でやることが明確になるはず、と岡田さんは語る。全国各地に次々とメイカースペースができる中、工作機械は充実しているのに利用が増えないという声をしばしば耳にする。短い言葉の中に世界各地のメイカースペースを見てきた岡田さんならではのバランス感覚を感じるコメントだった。最後に、COFFEE&CO.を立ち上げた経験から見えてきた可能性について聞いた。

短期間でCOFFEE&CO.というビジネスをプロトタイピングしながら構築できたのには、電子制御の焙煎機やデジタル工作機械にくわえて、さまざまなサービスが「API化」されたことが大きいと岡田さんは語ってくれた。

「こういう、物だけじゃなくて、ビジネスをmakeする、小商いをmakeする、というのはこれからどんどん増えていくんじゃないかなと。どんな(物をあつかう)商店であってもこういう考え方はできると思うんですよね。ウェブサイトを立てるのも難しくはないし、Shopifyを使えば月額29ドルでこういうシステムがつくれるわけですから。製造元があって、商社があって、問屋があって、商店にものが卸されていく、というのはいろんな分野であると思うんです。その流れに工夫で少し新しい価値を入れたり、単なる中抜きによるコストダウンだけじゃなくて、それこそほんとのIoTみたいなものとか、フィンテックみたいな決済や配送周り、それが全部『API化』しているわけです。そういう意味ではMakerConの時に色んなものを得た気がします。あの時に議論されたことがわかりやすい形でいよいよ現実になっているんだろうな、って思います。地味な色んな技術を今までのところにちゃんと適用するのがこれからの何年かで行われていくと、意外に面白いかなと思ったりするんですよね。製造業だけじゃなくて」

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ここで、岡田さんのお話の中に出てきた「API化」とは、岡田さんも登壇されたMakerCon Tokyo 2015の基調講演「“Open Innovation” by Makers」において、オープンイノベーションのパターンの1つとして紹介したものである。

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MakerCon Tokyo 2015のリーフレットより抜粋

この時は主にデータを基にオンデマンドで製造するような工場を想定していたが、あらためて見渡してみると、ここ数年で決済や流通も確実にAPI化が進んでいる。電子制御の焙煎機を備えるRoasting Labは、外部から見るとオンラインでオーダーメイド焙煎のコーヒー豆というプロダクトを製造してくれるAPI化された「工場」でもある。Roasting Labの決済や配送を同じくAPI化された外部のサービスが支えているように、API化されたサービスを組み合わせることにより、さらに新しいサービスをmakeすることが可能になるだろう。

ビジネスと好きなことの両輪で回す小商いをmakeするというCOFFEE&CO.のチャレンジは始まったばかりだとしつつも、現時点で見えている視界について、岡田さんは静かに、しかし熱く語ってくれた。ここまで読んできていただいた読者の方はどのように感じているだろうか? 小商いというのは、物をつくることがどうしても注目されがちなメイカームーブメントの中においては現時点ではまだまだ主流ではないのかもしれない。しかしながら、岡田さんは、現在の社会のさまざまな変化をとらえた上で、メイカームーブメントにおいてはまだまだ辺境(フロンティア)である小商いに可能性を見出している。これからの季節、豊かな水辺の風景を楽しみつつラボに向かい、ワークショップを体験するだけでもかなり面白いはずだ。ぜひ、この記事を読んで興味を持ったメイカーの方は、メイカームーブメントのさまざまな可能性についてRoasting Labで岡田さんと語り合ってみてはいかがだろうか。

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COFFEE&CO.