Fabrication

2020.04.22

「プランC」のプロフィール:シアトルで生まれたMaker Mask

Text by kanai

ある地方の病院がシアトルのメイカースペースに、マスクとバイザーを作れる人はいないかと尋ねてきた。彼らは少々あわてて、誰ならできるかを調べてみた。すると、機械工学の経験を持つRory Larsen(ロリ−・ラーセン)がそれに飛びつき、一夜を費やしてデザインを練り上げた。「フットボールを受け取って走り出した感じです」とロリーは私に話してくれた。「夜に最初の(3Dプリントによる)Maker Mask(メイカーマスク)を作りました」

金曜日の明け方5時か6時に、ロリーは父親に電話をして「ボクが作ったものを見てよ」と伝えた。それを見た技術系起業家である父、Garr Larsen(ガー・ラーセン)は、家族付き合いをしている友人で、やはり起業家のJonathan Roberts(ジョナサン・ロバーツ)を含む彼のネットワークに知らせる価値があると直感した。「ロリーはそのデザインをオープンソースにして、すべての人に無料で提供すると主張した」とガー・ラーセンは言う。親子とロバーツは一緒になって作業を進め、全員が医療の専門家にテストしてもらう必要性を感じた。


ロリー・ラーセンと父のガー・ラーセン

それはレスピレーターマスクのデザインだった。「私が見てきた標準型のマスクよりも、もっと高度なバージョンを目指したかったんです」と彼は話す。ロリーは、標準的なレスピレーターマスクは、呼気はマスクの正面から排出され、吸気は両脇から吸い込まれるため、フィルターがすぐには汚れない仕組みになっているのだと説明してくれた。ロリーは研究所に勤務した経験を持つエンジニアなのだが、そのマスクをどんな基準で作り、どんな要求に応えるべきなのかを、なんとなく理解していた。もっとも大きな技術的難関は、どんなプリンターでも簡単にプリントできるデザインにすることだった。

このマスクはHEPAフィルターを使うように作られている。「フィルターは簡単に取り外せて、新しいカップ型フィルターを素早く装着できます。これは使い捨てではなく、洗って滅菌すれば再利用できます」とガーは話す。


Maker Maskの3Dモデル


Maker Maskの分解図

以前に付き合いのあったシアトル子ども病院を通じて、微生物学研究所のXuan Qin(スアン・チン)博士に相談することができた。病院ではマスクが不足していると彼女は彼らに話した。だが後の電話では、もうマスクがなくなったと聞いた。ジョナサンとガーは、土曜の朝にマスクをひとつ届ける手配を整えた。微生物学研究所のチン博士はマスクをテストして、彼女のスタッフに披露し、親指を立てて見せた。

「正直、みんなが気に入りました。素晴らしいことです。再利用ができて、使うフィルター素材もずっと少なくて済む。ほとんど手に入りませんからね」とガーは言う。チン博士によると、彼女の研究所だけでも1日にN95マスクを5つ使うという。「1日5つで2カ月となると、300個以上が必要になります」とジョナサン。

彼らは、シアトル中心部の東側、マドローナ地区のエピファニー・エピスコパル教会の教区に少量を生産できる施設を準備した。自宅に戻されている大勢の学生が、エピスコパル教会の2階に作った工房でインターンとして働き、そこで寝泊まりしている。「大量生産できるといいのですが」とジョナサン。実際の個数を話し合っているという。「この施設なら週に1,000個という稼働率が実現できたはず」とのことだが、実際は800程度だ。「使用するプリンターによって、プリント時間が3時間から5時間と開きがあるんです」

プリンターはどこから調達したのか尋ねてみた。それらは地元の学校のメイカースペースのものだとロリーは話していた。このにわか作りの工房には、さまざまなプリンターが使われている。Ultimakerは最高の性能を発揮しているが、古いMakerbotはそうでもない。ロリーはプリント工程のスピードアップに取り組んでいるとガーは教えてくれた。彼らはプリンターのレベルに合わせて急いでファイルを作り、プリンターの設定を慎重に調整している。

彼らとのインタビューの中で、ガーとジョナサンは、このマスクは患者に直接接する医師のためのものではないと明言していた。「すべてプラスティックでできているので、分厚くて、音を遮ってしまいます」とガー。「ERの医師ではなく、患者には接しない臨床医の作業に適しています。その他で使えるのは、警察官、消防士、食料品店の作業員、Amazonの配達員などです」

Maker Maskのチームは、シアトル退役軍人医療センターに連絡をとったところ、米退役軍人省を通じて、政府の3Dプリントの専門家たちが、食品医薬品局、国立衛生研究所、退役軍人省からなる省庁を超えた新しい政府内グループを発足したことを知った。

そのグループのメンバーに彼らのマスクのデザインを見せると、彼らは前向きな反応を示してくれたのだが、公的な承認は得られなかった。Maker Maskは、「医療機関に承認された初の」マスクと記したプレスリリースをすでに勇み足で出してしまっていたが、急遽「医療機関の審査を受けた」と控えめな表現に変更した。その件について尋ねると、彼らは、Maker Maskはチン博士の承認を受けたいう意味だったと話してくれた。国立衛生研究所ではない。シアトル子ども病院全体でもなく、彼女の研究所での話だ。

それでも、彼らは足を使って何らかの承認を得ようと歩き回った。ガーとジョナサンは、会って話を聞いてくれそうな政府の人間に接触し、この緊急事態を踏まえた上で理解を示してもらった。彼らは積極的に承認を求めて活動を続けた。現在、Maker Maskは、国立衛生研究所が新たに開設したCOVID-19対策用の3Dプリントプロジェクトを集めた3D Print Exchangeに「審査中」として掲載されている。まだ医療用としての使用はできない。

この器具は、地域社会での使用を目的とした汎用マスクであり、医療従事者、医療施設、または医療環境での使用には適しません。[中略]素材のガス放出限界、およびその健康への影響の検査は行われていません。(米国立衛生研究所のサイトより)

問題は、デザインの不備というよりは、3Dプリントに使っているPLA素材にあった。ガー・ラーセンが調べたところ、審査ではPLAの使用が問題であると指摘されていた。国立衛生研究所がPLAを公式にテストしておらず未知のリスクがあるということなのか、または一的なFDM方式で3Dプリントされたマスクの承認があり得るのか否かは明確ではない(パンデミック下の現実と緊急性に遅れをとっている政府機関は、承認にはもっと慎重にならざるを得ない)。ガーは、さまざまな政府機関の人たちとの協力を続けている。今週は深夜2時まで電話をしていた。その一方で、チームは今でも、必要不可欠な事業においてMaker Maskは高い価値を示すと信じている。オープンにすることで、医療用マスクの供給が止まったとき、Maker Maskはかならずや医療現場に導入される。この週末だけで、デザインのダウンロード件数が4万を超えるという、驚くべきコミュニティに支えられているのだ。

次はどうするのか聞いてみた。ジョナサンは「この少量生産モデルのフランチャイズ化」を考えているという。彼らは、効率性や製造施設の清潔な作業環境などのあらゆる要素、つまり、チームの結成方法、チームの運用、各地域での作業と運用のスケジューリングといった手順をまとめている。「24時間作業できるのか。時間のかかるプリントを夜に行えば、若者たちは家に帰って寝ることができるか」と彼は自問する。ロリーはこう説明した。「システムの構築です。それによって、無駄な時間ができないよう、それぞれのプリンターを効率的に回すワークフローの最適化もできます」

ロリーはすでに、訓練用動画を何本も制作している。「訓練用動画はこれからも作り続けます」とジョナサン。「製造施設を開設する際に、これを見て私たちのやり方が学んでもらうためです」

ロリーは、エピスコパル教会の中に急いで作った作業所の中を、ノートパソコン片手に案内してくれた。地元の学校から集めた3Dプリンターが並ぶ中、マスクがプリントされる間に大学生たちが仮眠するためのマットレスもある。「これがワイルドなホビイスト精神ですよ」とガーは言った。

施設の画像と3DレンダリングはMaker Maskの提供。詳しくは、makermask.comをご覧ください。

原文